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wish
 

part.4

「上も長袖を着ろ。薄くて良いから」
なつきは玄関に立ったままでそう言った。
先程逢った時とは違う服装。しかしいつものライディング・スーツでもなかった。
ほっそりとしたラインのGパンに濃い藍色のタンクトップ、襟元のカットが美しい、長袖の白くて薄いジャケット。
華奢な身体に、機能美と言えるような飾り気のないシンプルなラインが良く似合う。
なつきの言葉に、珍しくコットンパンツ姿の静留が麻の上着を羽織る。
促されるまま玄関を出、鍵を掛ける。なつきの背中を追うかたちでマンションの外に出た。

ドゥカティはマンションの前に停められていた。
バイクと同じ、深い紺色のフルフェイス・ヘルメットを手に、なつきが静留に近付く。
「どこ行かはるん?」
「髪は背中に流してから被った方がいいぞ。邪魔になるからな」
静留の問い掛けを無視して、なつきはヘルメットを軽く持ち上げる。
それから安心させるかのように、被れ、と少し笑う。
その笑顔は静留を安堵させるより、内心硬直させるものだったが、このままではなつき自ら、静留の髪を背中に流してヘルメットを被せかねない。
そう思い至って、静留は慌てて背中に髪を流し、ヘルメットを受け取った。少し頬が熱い。

(ほんまに分らん。なつき、どないしたんやろか)

なつきはバイクに近寄って、ミラーに掛けてあったやはり濃紺のフルフェイスを自分も被り、シールドを上げながら静留の元へ戻って来た。
ちょっと顔をあげろ、といって、静留のヘルメットの顎ひもを丁寧に調節する。
苦しくないか?と確認し、静留が頷くと、そのままバイクに戻ってシートに跨がる。

「乗ってくれ。マフラーは熱いから気をつけろ」
「乗って、ええの?」
「その格好で他に何をするんだ?」

そういう意味ではなかったが、なつきに判るはずもなかった。
静留は躊躇いながらもバイクに手を掛け、なつきに指示されたステップに足を掛けてなんとかシートに収まる。思ったより座面が高い。それにこの座り方はなんだか落ち着かない。
戸惑っているとなつきに手を掴まれた。左手、右手となつきの腰に自分の腕が回される。バランスを崩しかけて思わずしがみつく。

「しっかり掴まっていろ」

こくん、と静留は頷く。これでは判らないかと思い直し、ぎゅっと一度腕に力を込めた。
くすりとなつきの笑う声が聞こえた。なんで笑うん?

「──私は、多分、言い訳が欲しいんだ」

そんな風になつきが呟いた気がした。
直後、地を這うような音を立ててドゥカティのエンジンが再び命を与えられた。




爆音と振動。慣れない挙動。
しっかり掴まれ。危ないから。
だから、しっかりと抱き締める。
今はそうしていていいのだから。

なつき、気ぃついとったんやね‥‥
うちが、おかしいこと

情けなくて嬉しくて哀しくて、じんわりと咽の奥が痛む。
寂しくて苦しくて仕方なかった。
なつきに触れたくて、温もりを感じたくて、自分でもどうにもならなかった。
なつきを追い返してひとりで抱えるのだ思っていた。いつものように。

思いのほか硬いドゥカティの後部座席。
このシートが誰の為のものなのか。
どうしてこのシートが必要だったのか。
その意味を思うと切ない。
なつきは優しい。なつきは冷たい。

”私は、多分、言い訳が欲しいんだ”

言い訳。それがこのシートなのだろう。
なつきに触れる言い訳ができる、寂しさを受け入れてくれるための席。
それは同時に、どうあっても同じ気持ちではないと拒絶を意味する席。

振動に怯えた振りで、ぎゅっとなつきを抱き締める。
視界に映っていたなつきの背中と流れる景色がゆっくり滲む。

ほんま、いけずやわ‥‥。

なつきの身体は暖かい。鼓動が伝わってしまいそうに近い。
やがてこぼれた涙は、ヘルメットのクッションに吸い込まれた。

‥‥おおきに。




腰に回された静留の両腕と、背中の温もりが心地良い。
重心の変わったバイクの扱いも徐々に慣れてきた。
元より、今日は飛ばすために走るんじゃない。

ただ何となく、バイクのシートをタンデムに変える奴などいはしない。
そんなこと本当は判っていた。

タンデムシートに乗せる相手。浮かぶのはいつも静留だった。
他の人間を乗せることなど思いつきもしなかった。
静留が後ろに乗っている姿しか想像がつかない。

気づいているのか?
私は少しだけ、判るようになった。なってしまった。

無意識に距離を置こうとする。
いつものように私をからかって笑わない。
穏やかな笑顔のまま視線を外す。無口になる。
そんな時は、声もたてず、涙も流さず、きっと静留は泣いている。

どうすればいいのか判らない。
私は自分に嘘はつけない。

だからこんな形でしか答えられない。
こんな形でなら、答えられる。

だから、できるだけ遠くまで走り続けよう。



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