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wish
 

part.3

逸る。
駅まで走れば3分とかからない。
改札を抜け階段を駆け上がる。
タイミング良く滑り込んで来た電車。
休日の昼間近、人の増えた車内の視線を浴びていたが、どうでもよかった。
強く深呼吸をして息を整える。吹き出す汗が続く。
もどかしい。
今すぐ。
多分、今なんだ。


「静留?」と、なつきは彼女の様子に問い掛けた。
ソファーに座ったまま、静留は答えなかった。
窓の外、風の来る遠くを見ている。
その目は知っている。あの時と同じ。
タンデムシートに変えたドゥカティを見つめていた、あの時と。
何故そんな目をする。私はまだ何も言っていないのに。
気づいてしまえば苦しかった。だから目を逸らした。
私はいつも何も言わない。
静留はいつも、ひとりで結論を出す。
だから──。


駆け昇ったマンションの階段。馴染んだ色彩。ポケットから鍵を探り当てる。
差し込んだ鍵を回す。金属音ががちゃりと響いた。

──それで?

ひとりを告げる扉に、なつきは我に返る。すっと気持ちが引いた。

──それで私は?

立ち止まったせいか、身体に熱が篭る。急激に溢れ出す汗。
玄関に踏み込む。扉を閉める。室内のカーテン越しに暖められた淀んだ熱気。不快感。靴を脱ぐ。

──静留の望む答えは知っている。だが、私は解けていないんだろう?

ああ、そうだ。私には解けていない。
一番近い言葉は”怖い” ただ、それだけ。
時計を一瞥。静留の部屋から11分。電車を使ってでは最短記録。
まだ約束まで時間がある。

──私は、なにが、怖いんだ?

がん、と派手にバスルームの扉を開けて、気持ちの命ずるままなつきはシャワーを浴びた。


バイクに跨がったのは約束5分前。
一度派手に落としてしまったフルフェイスを引っぱり出してきた。被った感じが懐かしい。
‥‥ド、ドドンド、ドドン‥‥
地を這う排気音。握りしめたクラッチは既に身についた重さ。ギアを入れる。軽くアクセルをふかしクラッチを緩める。ぐん、と思い描いた綺麗な加速。反動。ハンドルに引き付けた腕と背中。
駆け出した道路。緩やかに曲がるカーブに心持ち体重を被せ気味に乗せる。アクセルを開く。シートに積んだもう一つのヘルメットが陽射しを反射した。




多分、バイクを持ってくるのだろう。
戻る。着替えろ。30分。
このキーワードから漠然と静留は思っていた。
なつきのことで、これ以外に当てはまる事柄が浮かばない。
だが。
本当にそうなんだろうか。
なつきは、静留に二人乗りのシートになったドゥカティを見せてから一度もバイクに乗ってこない。
静留にしても、見たくはなかった。

このシートに座るんは誰やろか。

そう思って、狭そうなシートを見つめた。
たった一つの、なつきが自ら求めて許した、なつきの後ろ。
冗談でも聞けなかった。
嘘でも言葉の綾でも、否定されたら、きっと辛い。
そして、肯定されるとも思えない。
なつきは何も言わない。
その深い紺色のバイクをなつきはとても大事にしている。命を預け、心を許した、大事な場所。
新しく設えられたそれは、つまり。
なつきが求めた、彼女の命の隣。
だから、聞けない。


静かな住宅街に鳴り渡る、低い爆音。
そして、緩やかに続いて行く太鼓のような響き。
ぅぅん、と命の眠る音。
それでも、静留は動けない。

コン コン コン

し ず る?

ノックの音がする。そう思うのに。

間を置いて、もう一度。 し ず る? とノックの音がする。そして声がした。

「開けるぞ?」

おかしぃなぁ。うち、今日ほんま、あかん‥‥

今日のなつきはなんだか全然分らない。
自分もほんとに分らない。
意味もなく泣き出してしまいそうだった。

──有り得へん。



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