blank_logo  <舞-HiME SS>
fondly
 


「‥‥中入り。寒いやろ?」

柔らかな声。
なつきと目が合うと静留は扉を支えたまま少し俯いた。そのまま部屋へとなつきを促す。

「うん」
「バイクの音、聞こえてな。なつきやったらええなぁて思てたんよ」

背中から聞こえる声は穏やかだった。訪ねてきたのを嫌がられてはいなさそうだとなつきは少し安堵する。なつきがブーツを脱いでいると、横を擦り抜けて部屋の方に向かってゆく静留のスカートが目の端に映った。ブーツを脱ぎ終えると、なつきも静留の後を追う。

「‥‥今日はどないしはったん?」
「いや、えっと‥‥」

リビングで振り返った静留に問われ、なつきは口籠った。理由は沢山あったような気がするのだが、どれも少しずつずれている。結局こういうことなのだ、となつきはちょっと照れくささに笑んで小首を傾げ、素直にそれを口にした。

「会いたかったから」

静留は少し驚いたように僅かばかり目を丸くしてなつきを見、眩しいようにひとつ笑み返して、それから視線を落とすと俯き加減になる。どこかいつもの泰然とした静留の様子と違う。

「静留?」

なつきが呼び掛けると、静留の笑みが消えた。いつもの静留はひとりで端然と立っているのに、今の静留は思わず手を差し伸べたくなるような危うさを感じさせる。

「どうした?」

静留はまた微かに笑みを戻して、なんでもないというように首を小さく横に振る。顔を上げようとはしない。どう見てもなんでもないようには見えない。

「‥‥うちも、逢いとうて」

暫く逡巡するように視線を落としていた静留は、俯いたまま返事をした。言葉とは裏腹に途方に暮れているようにも見える。薄茶の柔らかそうな前髪と睫の影から僅かに覗く赤み掛かった瞳。微かに鼻で笑うように静留は呟く。

「‥‥少し離れよう、思てたんどす」

突き刺さった言葉に、なつきは奥歯を噛み締めた。避けられていた自覚はあっても実際面と向かって言われるのとでは訳が違っていた。唐突に熱いものを思い切り吸い込んでしまったように息苦しい。鉛でも押し込まれたように腹が重い。なのにやり場がなくて吐き出せない。

そのまま暫く黙り込む静留の様子に、なつきは苦い思いのまま左手を握り締めると、それでも静留の言葉に逆らうように静留に一歩に近付いた。手を伸ばせば届くほどの距離。左手を伸ばそうとして、繋ごうとした手を拒んだ静留をなつきは思い出した。静留の肩を掴んでこちらを向かせたかったが、不用意に傷付けたくは無い。

「静‥」
「せやけど」

静留は顔を上げてなつきの方を向いた。ひとつ笑まれて、なつきの言葉も動きも止まる。静留は少し問いかけるような眼差しでなつきを見た。それから一度少し俯き、何かを思うように顔を上げる。怯えているような不安そうな赤み掛かった瞳に、なつきは見覚えがあった。これが静留の素顔だと感じた時の、思い詰めたようなその瞳。

「‥静留?」

静留の左手が一度躊躇って、す、と伸ばされ、なつきの右の二の腕を柔らかく掴んだ。追うように、なつきの方に一歩近付いた静留の右手が伸ばされる。そうしてなつきは、静留に両腕を掴まれた。静留はなつきの左肩に額を預けて俯いている。まるでなつきと自分を遠ざけるような離れまいとするような、抱擁と呼ぶには遠い距離。
なつきからは静留の表情は見えない。暫くじっと動かずに、どこか身を硬くして静留は無言だ。

「───」

怯えているような静留を放って置けなくて、安心させようと、なつきは二の腕を掴まれて自由にならない右手をゆっくりと肘から曲げ、静留の左肩を背中越しにぽんぽん、と叩いて、そのまま手を置いた。微かな吐息。静留の肩が僅かに下がって、それから両手の力が、少しきゅぅと強くなる。
かなりの沈黙を置いて、静留が、ふ、と笑うような息を微かに洩らして、呟くように言葉を零した。頬に微かに触れる薄茶の髪越しになつきの耳元に聞こえてくる声。

「‥‥ほんまはうち、なつきに逢いに来て欲しいだけやった‥‥」

なつきは微かに眉を顰めた。意味がよく解らない。自分から突然距離を置こうとしたのに、何故そんな事を言うのか。傷付けたのかと不安になった。心配になった。嫌われてしまったのかと思うと苦しくて居ても立ってもいられなかった。

「‥っ、あのなあっ‥それなら離れようとか変な事するな‥!」

腕を掴んでいる静留の右手の力が少し、きゅ、と強くなる。その感触になつきは冷静になった。別に怒りたい訳では無い。静留は複雑でよく解らないから歯痒いだけだ。
顔を上げない静留が心配になって、なつきは少し覗き込むように顔を傾けた。けれどやっぱり表情は見えない。

「すまない。怒ってる訳じゃないから」

静留の両手の力が、また少しきゅぅと強くなった。そのまま動かずに袖にしがみついている。
暫く寄り添ったまま立ち尽くしていて、何も言わず動く気配もない静留の様子になつきは小さく息を吐き、少し上を見上げた。

「結構、いろいろあったんだ。私の部屋は凄い事になっているし」

これは私が悪いのか、となつきは苦笑した。聞いているのかいないのか、静留は答えない。なつきは暫くそのままでいた。それからまたゆっくり話し出す。

「バイクのパーツ、また変えたんだ。タンデム仕様に」

でも仕様ってほど大袈裟に変えた訳じゃないな、とまたなつきは苦笑する。それでもゆっくり間を置いて考え考え言葉を紡ぐ。

「それに、舞衣に不機嫌そうだって笑われた」

静留は無言だったが、なつきは気にせず、また暫くしてから言葉を残す。

「テストも全然出来なかった」

なつきの肩に止まった静留から、ふ、と笑うような音が聞こえた。

「‥‥気張りよし、言うといたのに‥‥」

困ったものだとでもいうような声音。

「気張れるか。おまえのせいだ」

ちょっとむっとした口調でなつきが言うと、はぁ、と溜め息を零して、静留が身体を離しながら顔を上げた。静留は何だか少し可愛いような表情で笑っている。それから少し両眉を上げて見下ろすようになつきを見、拗ねたような顔をした。

「そんなん言わはるんやったら、うちかてなつきに逢いとうて熱出しましたわ」
「な‥そんな訳あるか!」
「信じてくれへんの? ほんまやのに」
「静‥」

冗談なのか本気なのかさっぱり解らない。でもそう言われてしまうと、さっきまで寄り添っていた静留の身体が少し熱かったような気がしてきてしまう。

「今も熱あるのか?」
「もう平気どす」
「‥‥もうって‥本当に熱出したのか‥‥」

眉根を寄せて困惑気味のなつきを後目に、微熱やけど、と静留は可笑しそうにくすくす笑っている。

「何を楽しそうに‥馬鹿、寝てろ」
「もう、いかはるん?」

笑い止んだ静留は少し顔を傾けて、淋しそうな表情でなつきの顔を覗き込む。そんな顔をされては、帰ろうにも帰れない。う、と言葉に詰まってしまい、なつきは思わずそっぽを向いた。

「お前が寝たら帰る」
「ほな、寝んのやめとこかしら」
「いい加減にしろ!」

これ以上からかわれるのはご免だとばかりに、なつきは静留の背中を押して寝室へと押し込んだ。



<top> <5> <7>

Copy right(C)2005 touno All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送