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fondly
 


身体が何となくだるいと思ったのはいつからだったか。
疲れやすいと感じたのは。
ぼんやりしている事が多くなったのは。
息苦しくて溜め息をよく吐くのは。
終いに、とうとう熱が出た。
微熱だったが、流石にこれには驚いた。

ずっと考えている。
留守番電話が気になって仕方が無い。見るのが怖い。
携帯電話の着信履歴も。だから電源を落とした。
気が付けばいつもいつも想っている。何をしていても。

近くにいては傷つける。
──傷つけそうに、なった。

だから。距離を置こうと、思った。そうしなければと。

離れているのは辛い。多分、以前より酷い。
自ら遠ざけた分だけ。

なんとなく思考が白い。緩慢なのは熱の所為。多分。
その証拠に、きちんといつもの自分らしく動いている。
会話をしている。相手の言葉を聞いて返事を返している。


今で言えば、ストレスといった所か。

少し古風に言えば。


‥‥ほんまに、なるもんやったんやなぁ‥‥

話の中だけかと思っていた。
少し可笑しい。
普段通りにできる自分も。それを疎ましく思う自分も。
なにもかも投げ打って泣き叫びそうなくらいには。


──なつきに逢いたい‥



飛び出してきた時の服装は着の身着のままのジーンズにセーター、それに皮のジャケットという、冬にバイクに乗るにはいかにも軽装だった。なつきは身体が芯まで冷えるほど静留の部屋の前で待っていたが、静留は帰って来なかった。
見下ろしていた夜景も淋しくなった頃、なつきはバイクで部屋に戻った。

じりじりするような眠れない時を遣り過ごして、学校の椅子に無理矢理座り続けて、夜になるとバイクで出かける。
静留の部屋の窓を見上げて、消えている明かりに嘆息し、ノックに返事のない扉の前で暫く夜景を眺め、どうでもいいような食事を買って帰る。電話は相変わらず留守番電話で。それですら傷付けているのかと思うと言う言葉が見つからず。それでもこのままでは嫌で。ちゃんと会って話したい。
そんな日々を繰り返す。もう日課の様になっていた。



熱は酷いものでは無かったが、少し疲れてしまった。急く事は好きでは無いのに、自分を急かして用事を入れるのも嫌になっていた。どうせ取り合えず無難にこなしてしまうのだ。なにをしても身が入っていないのに。

静留は大学の講議が終わると久し振りに真直ぐ部屋に戻り、そして後悔するはめになった。どこか他人が自分を演じているような気分で過ごしていても、何かしていた方が、まだ気が紛れていた。全ての時間と思考を自分の心のままに使える独りの今、想う事などひとつしかない。

なつきに逢いたい。

ソファーに腰掛けたまま、静留は自分がじっと電話を見つめていた事に気付いた。ゆっくりと目を伏せ吐息で気持ちを逃がすと、お茶でも淹れようとソファーから立ち上がり、少し緩慢な足取りで静留は台所に向かう。何かしていないと想いに引きずり込まれてしまいそうだった。
声を聞いたら、きっと逢いたいと言ってしまう。気持ちを偽って受け流すことなど今は出来そうに無かった。

逢いたい。

棚から茶筒を取り出して、静留はふと嗤ってしまった。別に今はお茶など飲みたく無い。茶筒を掴んだ左手に、きゅぅ、と思わず力が入る。

‥‥なんでうち、こないなことしとるんやろ‥‥

静留は茶筒を流しの脇に置いた。かたり、と小さな硬い音。俯いて目を閉じる。そんな事は解り切っている。距離を置かなければ駄目だ。でももう。

逢いたい──

俯いたままの静留の口許に、呆れたような乾いた笑みが浮かぶ。

そうしていつまでこんな戯れ事を自分は続けるつもりなのか。

目を開くと茶筒を置いた流しの台が蛍光灯を反射して白銀色に瞳に焼き付いた。刺すような色に銀紙でも噛んでしまったかのような、嫌な味の錯覚が口の中に広がる。

距離を置くなら、きっぱりと離れてしまわなければ無駄だ。
そんなこと解り切っているのに。
できなくて。

白銀の反射光から目を逸らした静留は茶筒を手に取った。お茶を淹れるのか、棚に仕舞うのか、そんなことすら迷っていた。



期末考査の最終日。テストの出来はどれも散々だった。集中していないのだから当然だ。
冬の日暮れ。いつものようになつきはバイクに跨がる。諦めるつもりは毛頭無かった。プラグを変えたドゥカティで暗い街を走り出す。

「あ‥‥」

カーテン越しに明かりが灯っている。ウィンカーを出して道路脇にバイクを停車し、シートに跨がったままもう一度マンションを見上げた。見間違いではない。なつきは一度俯いてヘルメットの中で、ふと笑った。顔を上げて部屋の明かりを見つめる。

──静留。

様々混じりあっていた、焦りも苛立ちも怒りも後悔も迷いも不安もなぜか消えて、そこに静留がいるはずだという事が嬉しかった。言いたい事も謝りたい事もあったはずなのに、見つけた、と。理屈も何もなしに、ただ、会いたい。

部屋に明かりが灯っているだけなのに、おかしなものだとなつきは思った。
どうしてこんなに暖かく感じるのだろう、と。



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