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部屋には帰らなかった。
薄ら寒い広い和室。
その片隅で、障子に凭れてぽつんと座り込んだ。
身体が酷くだるい。何をする気も起きない。
同じことばかりが頭を巡る。

辛抱しなあかんて。困らせるだけやて。
解ってたのに。
側に居られたら、ほんまはそれでええはずやった。
せやのになんでうち──

でも辛かった。苦しくて苦しくてどうにもならなかった。
一筋たりとも傷付けたくなかった。なのに傷付けてまで答えを求めた。
自分で求めた終わりだ。それが望まない結末であったからといって戻ることはできない。

「‥‥せやね‥」

涙は出なかった。胸が乾いて焼け付いて泣きたくても泣けない。
代わりに熾のような鈍い熱さがわだかまって溜まり続ける。息苦しくて喘ぐ。
黒く熱く熱が籠る。また喘ぐ。
自分が消えてしまわないのが不思議だ。
何故消えてしまわないのだろう。もうここに在る必要はないのに。
息を吸っても何も肺に入ってこない。
このまま窒息しそうだ。
喘ぐ。

ここに来たのは失敗だった。
僅かな期間とはいえ、あの子と一緒に暮らした場所。
この部屋で彼女は寝起きしていて。
怪我を手当てし看病した。

「‥‥‥」

目を伏せる。
そう、だから終わりにしたかった。
優し過ぎて決心が付かないあの子に引導を渡したつもりだった。
でもそれなら本当は口付ける必要などなかった。
手を離して欲しいだけなら、頬のひとつでも張れば済んだはず。

苦しい。

諦められずに、欲のまま、それでも愛して欲しいと縋り付いた。
きっと実はそういうことで。

ほんまにあかん、と嗤う。

解っていて、また踏み躙ってしまった。
でももう傷付けることはない。
良かった。あの子はもう傷付かない。
すべて終わった。

「‥‥ふ」

両手で顔を覆って俯いた。
息苦しい。乾いた笑いが零れるだけで涙は流れない。
後から後から際限もなく苦い熱い虚しいものが、捌け口もなく胸から身体一杯にわだかまり続けて溢れ返っている。もう止めて欲しい。死んでしまう。きっとこのまま心が潰れて何も感じなくなる。

「‥‥ええかも知れんなあ‥‥」

笑い混じりの呟きは、冷えた空気に溶けて消えた。
それならもう痛むこともない。忘れてしまえる。好きだったことも。
今も肌に染みて離れない、ずっと腕を掴んでくれていた掌の強さも。


──解ってた



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