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静留の部屋のある駅周辺か、静留の部屋で捉まえられると思っていたのだが、宛てが外れた。
流石に2月の氷雨の夜中、濡れた髪とジーンズでは凍えて洒落にならない。20分足らずで済むと踏んで上着だけライディング・スーツを羽織って来たのは失敗だった。
雨だし、タクシーという手もあったかと少し苦く思って、静留の部屋の前で待ってみたのだが帰ってくる様子がない。真直ぐ部屋に戻ってくるのなら、とうの昔に着いているはずだった。
ここには戻ってこないつもりなのかも知れない。部屋は留守番電話だし、携帯の電源は落ちている。

心の中で謝り続けながらバイクに戻ってもう一度駅前を探し、繁華街の方まで歩いてみたが姿はない。この近くでは、もう静留が立ち寄りそうな店はとっくに終っている時間だ。仕方無しになつきは一旦マンションに戻った。着替えて装備し直し、もう一度外に出る。こうなって立ち止まっていられる性分でもない。
改めて、静留の行動範囲を知らない自分に歯噛みをしながら、大学の方も走ってみた。静留がそうするかは解らなかったが、ふたりで行ったことのある場所を片っ端から走った。途中、雨が止んでくれたのは有り難かった。

信号待ちで、クラッチを握り込む握力が落ちているのを感じて、なつきは意識して凍えて痺れた指先を握り込んだ。グラブに染み込んだ雨水が、ぐしゅ、と指の間を冷たく伝う。その温度に、強ばった手の感覚が束の間戻る。そろそろ限界かも知れない。バイクを駆る身体の反射がかなり鈍くなっている。走っていると凍えて意味もなく呻き出している。寒い。腹の真芯に力を入れたり、肩から思いきり力を抜いて誤魔化しながら走っていても震えが止まらない。

くそっ

思わず心の中で愚痴る。結果として、一旦休んで探した方が良かったのだろうが、今どうしているかと思うと諦めて部屋に帰れなかった。

取り合えず、朝になったら雪之を捕まえて静留の実家の連絡先を調べて‥‥

「‥‥‥」

雪之と静留、でひとつ宛てを思い出した。あの屋敷。
無意識に避けていたのかも知れない。
あそこは前にも一度──静留を失った場所だから。

空は暗いが、車道には車が増え、そろそろ街は起き出している。
底冷えのする風の中、なつきはバイクを発進させた。



あの屋敷にも静留は居なかった。
もう一年以上前、一度だけ朦朧としながら歩いて戻って来ただけだったので、場所が解らず時間を食ってしまった。暗澹とした思いでバイクを走らせる。
裏道の住宅街を抜けていると、新聞配達のバイクとすれ違った。もう朝だ。

道は大きな道路にぶつかっている。自分の部屋へ向かう道と静留の部屋へ向かう交差点。もう一度部屋へ行ってみようかと考えながらなつきは信号で停車しようとし、ふいにくらりとしてバランスを崩した。

「‥‥!」

着いた左足が運悪くマンホールの蓋の上で滑った。体勢を立て直そうとしたが、反射の鈍った身体では間に合わない。相応に腕力はあるとはいえ、力だけで支えられるほどドカティは軽くない。車重に負けたまま、多田羅を踏んで身体を庇いながらずるりとバイクが滑るに任せるしかなかった。ゆっくりと横倒しになったバイクの、まだ回っているエンジンを切る。
まさか今更この愛車で立ちゴケをするとは思わなかった。

「───」

すぐに後ろを向いて後続の車がないのを確認し、ハンドルを固定して身体全体でバイクを引き起こす。息が上がってヘルメットに籠った。曇ったシールドを上げ、スタンドを掛けてバイクの状態を調べ、問題がなさそうなのを確認すると、なつきは大きく溜め息を吐いた。俯きかけた視界に、シートに置いた自分の右手が映る。

「‥‥‥」

優しいことなら知っていた。
一見真面目そうなのに、砕ける所は砕けていて。
人の顔さえ見れば、からかったり子供扱いで。

このシートに乗ってくれと言ってから知ったことも沢山あった。
今も知らないことがきっと沢山。

思ったことを言ってくれと言っても、なかなか話してくれなかった。
でもよく見ていると泣きそうだったり、少し怒っていたり淋しそうだったりするのもちょっとは解った。
それに、どこがと聞かれると難しいんだけれど実は結構不器用で。
だから本当に厄介で。
多分、そうやって少しずつ。

「‥‥いくか」

おまえを──



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