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9月も半ばになり、陽射しも風もすっかり秋めいてきた。時折暑さも戻るが、今日は心地よい気候に恵まれている。
水晶宮近くの庭。午前中の授業も終わり、過ごし易くなった天気に誘われてか木陰や芝生にまばらに座った生徒達が弁当を広げている。
舞衣と命も木陰でそれぞれくつろいでいた。命は舞衣に作ってもらった大きな弁当を前に一心に食べている。
売店の紙袋を持ってやって来たなつきが舞衣に声を掛けた。

「買ってきたぞ」
「あ、ありがとー」

その気安い返事になつきは紙パック入りのコーヒー牛乳とリンゴジュースを紙袋から取り出して舞衣に渡す。舞衣は命にジュースを渡した。

「ありがとう! なつきも早く食べろ!」

舞衣の手製弁当を抱え、満面の笑みで幸せそうに命が言う。くすりとなつきはその様子に笑う。
最近、こうやって昼食を取ることが多かった。
新学期が始まってから、なつきは比較的真面目に登校している。授業に出るか出ないかはまた別の話だが、大抵こうして昼休みも学校に居た。昼食はひとりで食べてもいいのだが、たまたま舞衣がクラスメートなのでよく誘われるのだ。
芝生の上に座り込み、ガサガサと紙袋を開けて、なつきはどうでもよさそうにサンドイッチを取り出す。

「なつきってさ、ほんっと食べることに興味ないよね‥」

飲み物買って来てもらったし、食べる?と、舞衣は苦笑して、まだ手をつけていない自分の弁当箱を差し出す。さり気なく、取り易いように向けられた楊子の刺さったウズラの卵やアスパラ・ベーコン。
なつきはそれに視線をやる。
そして、いや、いい、とちょっと笑って断った。

「なつきはいらないのか? なら私がもらう!」
「命のお弁当にも入ってるでしょー」

舞衣の弁当を取り合って、他愛もなくじゃれている二人を眺め、なつきはふ、と溜め息のように笑うとサンドウィッチの袋を開けた。






食後は命のお昼寝タイムである。無論、枕は舞衣。

「うまかった! 舞衣は凄いぞ!」
「ちょと命、あたしまだ食べてるんだって‥!」

舞衣の言葉などお構いなしに抱きついてくる命の来襲を、舞衣は弁当と箸を持った両手を上げて、上半身を右往左往して避ける。舞衣には悪いがかなり間抜けな格好である。
やがて舞衣の膝を占領した命が、猫ならゴロゴロ喉を鳴らしそうなほど幸せそうな顔をして太腿に頬を擦り寄せ目を閉じる。やっと落ち着いた舞衣が、持っていた箸を揃え、弁当箱を傍らの芝生へ置いた。それから笑いと溜め息混じりに右手で命の髪を梳く。

「まったく、命ってば‥‥って、どしたの?」
「え?」

舞衣はまじまじとなつきを見ている。それでやっと、自分が食事も忘れて二人を見つめていたことになつきは気付いた。

「別に」
「なあにー? 言っちゃえば?」

命の髪を梳きながら、悪戯するような目で舞衣は笑って言った。
突っぱねても良かったのだが、別にそういう気分でもない。持ったままになっていたサンドウィッチを一口齧る。少し乾いてパサついていた。なつきは言葉を探すが、どうも上手く説明できそうもない。

「‥‥暑くないのかと思っただけだ」
「はい?」

舞衣は何のこと?という顔をして自分を見、膝の命に視線を遣る。

「あ、命が?」
「私は暑くなどないぞ! 気持ちがいい、ん!」

目を閉じたまま口を挟む命に、そりゃあんたはね、と撫でる手を止めて苦笑しながら舞衣は続けた。

「暑い‥といえば暑いけど。ま、慣れちゃったかな」
「慣れる?」
「うん。どうして?」
「いや、なんとなく思っただけだ」

そう言って、なつきはサンドウィッチの最後の一口を口に放り込む。

「なつきもしたいのか? これは私のだぞ?」
「ほーら。微妙に怪しいこと言わない。もう」
「‥どこが怪しいんだ」

命と舞衣のやりとりに失笑しながらなつきは言った。何を思ったのか、命が顔を上げる。

「そうか、私がなつきにすればいいんだ!」
「なんでそうなる!」

なつきの叫びも虚しく、獣のような俊敏さで命がなつきに抱きつく。突然のことになつきは硬直した。
押された勢いで座ったまま後ろに手をついたなつきの胸に、ん〜、と顔をすり寄せていた命は、はたと動きを止める。

「‥‥‥‥やっぱり舞衣がいい。ん。」
「‥‥‥貴様」

ぴゅい、とまた命は舞衣の所に戻る。なつきに反撃の隙を与えないほどの神速。

「あ、あはははは‥まあ、いいじゃない」
「良い訳があるか!」



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