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『お月見せえへん?』

電話越しの静留の声を思い出し、なつきは教室の窓の外を眺めた。月を眺めるような風雅な趣味はなかったが単純に誘われて嬉しい。嬉しいのだが。

自分の机に頬杖をついたまま、はあ、と小さくなんとも情けない溜め息をついた。外では生徒達が下校している。話したり、ふざけたりしている姿も見える。見るともなしに、放課後のゆったりした喧噪を眺める。
ああ、あれは舞衣だな、と遠目に後ろ姿を見つけた。直後、タックルよろしく舞衣に抱きつく命の姿が目に入った。
昼の出来事を思い出し、なつきはひとりで赤くなる。

まったく。失礼な話だ。

なつきは、がたん、と席を立ち上がって鞄を掴んだ。
ここでこんなことをしていても始まらない。
なつきは振り切る様に右手で乱暴に髪を払うと、教室を後にした。


林に隠すように停めたドゥカティの艶やかなボディに、穏やかになってきた陽射しが反射している。なつきはそのタンデムシートにちらりと目をやる。
自分のための席。静留の近くにいるための。
それは全くの本心でひと欠片の嘘もない。伝えられて良かったと心から思う。

あれから静留にやんわり頼まれて何度かバイクには乗せた。だが、なつきからは誘っていない。
正直な所、なつきにはよく解らなかった。捕まえるなり助け起こすなり、理由があるのなら別に何も迷わず動けるが、理由もなく他人に触れたいと思った覚えなど今までない。
なのに最近、時々、静留に触れたいと思っている自分がいる。
ただ、触れたいだけ。
そんなことで触れられるはずもない。どうしたと問われたら答えられない。
バイクでどこかへ行こうと言えば、なつき自身が静留に触れたいことに、静留のことだからきっと気付く。それが酷くきまりが悪い。だから誘えない。

ふと、なつきは何も躊躇わずに飛びついてきた命を思い出す。
ひどく簡単なことなのだ、多分。だがなつきにはなぜかそれが難しい。

なつきは空を見上げた。薄い絹の端切れのような雲がかかった、ずいぶんと高くなった黄金色の空が、もうすぐ夕暮れだと告げていた。






学校帰り、なつきは宛もなくバイクで流していた。
迷ったり悩んだりしている時、よくなつきはこうして走った。気分転換には最高だった。

走る視界の先、もうかなり暮れてきた空には、膨らんだ月が不安定に傾いて浮かんでいる。薄曇りの雲に紛れて滲んだそれは、まだ力なく空に溶けていた。月を目指すかのようになつきはバイクを飛ばす。

『お月見せえへん?』

月を眺めて夜を過ごす。
確かに静留なら似合いそうだが、なつきにはそういう趣味はない。それになつきは月を見るとあの星を思い出す。
終わった話だ。けれど記憶は残っている。
母親のこと。HiMEとして戦ったこと。
──静留のこと。

考えてみれば不思議だ。
私は静留の手を一度は拒否したのに、気がつけば自分が静留に近付きたいと思っていた。
なぜなんだろう。
‥‥全く。知らないうちに私の中にいるな、おまえは。

なつきはフルフェイス・ヘルメットの中で、ふと微笑む。アクセルを開ける。ぐん、とそれに応えて更にバイクが加速する。

でも静留らしいか。おまえはいつもそうだったから。



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