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wish
 

part.6

水平線が空に紛れ、海の向こうまで星空になった頃、なつきは身体を起こした。

「ちょっと遅くなったな。寒いかもしれないから、ゆっくり走って帰るぞ」

静留はなつきの分の空き缶も受け取ってバイクから離れ、薄白く明かりの点る自動販売機脇のゴミ箱に捨てる。
戻りしな、街に向かう道路の行方を眺めながら静留は呟く。ナトリウムランプのオレンジ色が規則正しく灯っている。

「この分やったら、うちは大丈夫や思いますけど」
「夏でも夜は結構冷える」

それならば、と思い出して、どうしていつものライディング・スーツを着てこなかったのかと静留はなつきに尋ねた。

「昼間は暑いし。それに私があれを着ていたら、走っていて、普通の格好の静留が寒くても解らないだろう?」

なつきはあっさりそう答えた。静留は虚を突かれた気分になる。

「うちに聞いたらええやないの」
「静留はそういうことは我慢するから、だめだ」

きっぱりと言い切られた。確かに返す言葉がない。

「なつきの中にはうちがちゃあんと居るんやね」
「は? 何を言っている?」

なつきは優しい。
きちんと相手の事を見て、自分を相手の立場に置いて、思い遣ってあげられる。

(うちの中に、なつきはちゃあんと居るんやろうか?)

なつきしか見ていないはずだったのに、結局自分しか見ていなかった。
なつきを損ねるものが許せなかった。
なつきにとって邪魔なもの、嫌なものは全部消し去ってしまいたかった。
けれど、それは静留自身が望んだことだ。それは解っている。
だが、なつきが自分に望んだことが解らない。
巻き込みたくない、とは聞いた。
だがその望みは手後れだった。最初から巻き込まれていた。
そして全ての業を受け止めて、なつきは自分を救ってくれた。
それなのに。
なつきが今、自分になにを望んでいるのかすら解らない。

「静留」

オレンジの街灯を映すヘルメット。それを静留に差し出しながらなつきは問いかけた。

「はい?」

なつきの視線をまともに受けて、ちょっと驚きながら静留はそれを受け取る。

「ちゃんと言ってくれ。静留はいつもひとりで結論を出そうとする」
「ひとり、て」

突然の申し出に静留は戸惑った。

「静留のことは静留が決めれば良い。だが、私も関係することなら二人で考えてもいいだろう?」
「うち、なつきのことやなんて言うたやろか」

口に出していたのかと静留は焦っただけだったが、その言葉を聞いた途端、なつきは絶句する。

「あ‥‥。いや、ずっと私を見ながら考え込んでいるから、つい。‥‥すまない」

その素直な言葉に、ふと静留の口から言葉が洩れた。
解らないなら、聞いてみよう。なつきはきっと答えてくれる。
受け取ったヘルメットを、傍らのバイクのシートに置く。

「──なつき、うちにして欲しいことあります?」

なんでもええよ?と言葉を繋ぎ、視線を落として静留は微笑む。
そう言えば、以前も似たような質問をして、あの時はなつきに拒まれた。そう思い出して笑顔のまま寂しそうな表情になった静留は、はにかんだようにも見えて、いつもより幼いような印象だった。
なつきは穏やかに言葉を紡ぐ。

「そうやって、思っていることを口に出して欲しい。静留は言わないから難しい」
「そんなんでええの?」

静留はきょとんとした目でなつきを見つめる。

「静留には結構難しい注文だと思うけど。それに、別に私に関することじゃなくていいんだろう? 静留にして欲しいことなんだから」

そうやね、と静留は困惑した様に呟いた。

「あと、さっきも言ったけれど。ひとりで全部背負い込むな。二人のことなら二人で決めれば良い」
「うちのことばっかりやないの」

なつきは呆れた様に笑って、腰に手を当てる。

「静留が人のことばっかりなんだ」

その姿勢のまま、なつきの表情が優しい笑顔に変わる。

「今日は、だから嬉しかった。買い物止めようって言ったら、静留、珍しく嫌だって言っただろう? ‥‥ああそうか、結局、私のせいで買い物はできなかったんだ。すまなかった」

「気にせんといて」

静留は足下に視線を落とす。冗談でなければ言えるはずがないと思っていた。でも思ったことを言葉にしろとなつきは言った。だから静留は素直にそれを口にする。

「側に居って欲しかっただけやさかい」

声に出してみれば思いの他あっけなく。それは潮風に溶けて。
でも心に溜めておくよりもずっと安心できてすっきりした。
視線を上げる。案の定、なつきは夜目にも真っ赤になって固まっている。
街灯のオレンジ色のせいばかりでは絶対にない。

「そない赤うなって。ほんまになつき、可愛いらしなぁ」
「しずるーっ」

堪忍な、と笑って静留は流す。そろそろ帰らないと本当に遅くなる。
薄茶の髪を背中に流してヘルメットを被った。
同じように、不貞ながらもヘルメットを被ってグラブをはめ、呼吸を整えたなつきがバイクに跨がり、静留がつづく。
静留が掴まろうかと少し躊躇いがちに腕を伸ばした時、なつきが不意に振り向いた。

「努力はする。だから、そういう時はちゃんと言ってくれ」

ぶっきらぼうなくぐもった言葉はフルフェイスの中から聞こえた。表情は見えない。
静留は初めなんのことか解らず、それが先ほどの返事だったことに気づいて、涙ぐむくらい胸が一杯になった。
行きと同じように、自分の身体になつきは静留の腕を導いて回させる。
爆音の中、発車する直前に、静留の手の甲を「ここだよ」というように、ぽんぽん、となつきの右手が叩いた。



(了)


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