blank_logo  <舞-HiME SS>
sincere
 

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「警察の介入は防ぎました。事情聴取などされては厄介ですからね」

以前のなつきのマンションは奈緒と静留の戦いで半壊し、人が住めるような状態では無かった。あの後、姿を現した迫水にホテルのキーを渡され、蝕の祭の前、なつきはそこに泊まっていた。

蝕の祭の後、昨夜と同じように、今度は命と3人でラーメンを食べないかと舞衣に誘われたが、なつきはそれを断った。全てが終わったという感慨が収まると、なぜか独りになりたかった。なつきはチェックアウトしていなかったビジネスホテルに戻った。ただ眠りたかった。

目覚めても疲れは取れていなかった。身体の疲れではないらしい。
ホテルには何も自分の物がないので、荷物を取りに自分のマンションに一旦戻る。得体の知れない糸状のものは媛星と共に消えたのか見当たらなかったが、室内に散乱するガラス片と、ブルーシートに被われた窓枠は破壊されたままだった。
薄青く暗い部屋を見渡して、なつきは溜め息を吐く。
携帯電話を調べると、運良くマンションの管理人の電話番号は登録してあった。ぼんやりしたまま管理人に連絡を取り、壊れた窓の修理をしたいので業者を教えて欲しいと依頼すると、遠回しに、他の入居者の迷惑になるから退居して欲しいと断られた。賃貸契約期間は残っていたが相手の言い分も解る。特に腹も立たない。別にどうでもよかった。
迫水がどう処理したのかは解らなかったが、原因について一切質問されないのと、修理費用を請求されないのは有り難かった。説明も言い訳も出来なかっただろう。普段では考えられないような己の不用意さに内心で舌打ちをしつつ、なつきは今月一杯での退居を承諾した。

取り合えずの着替えや身の回りの物だけを詰めた鞄を持って、なつきはホテルに戻った。また一日を無為に過ごす。何をする気にもなれずにジャンクフードで空腹を埋めるとシャワーを浴びて眠るだけ。

壁際に、小型のテレビとステンレスの電気ポットが乗った作り付けの机。机の前の壁にはシンプルな鏡。何の変哲もない椅子。あとは一間ほどのクローゼットとユニットバスの設備があるだけの手狭な部屋で、なつきはベッドに座り込んでいた。生活臭の全く無い、作り物じみた個性のないホテルのシングルルーム。かといって保証人のいない一介の高校生では部屋は借りられない。

仕方がないか。

以前のマンションの保証人は、真白経由で当時担任だった迫水に頼んでいる。ヤマダに手配を依頼するか、また迫水に頼むしかないだろう。借りを作るようで気が乗らなかったが、未成年である以上、実際保証人が必要な局面は多いのだ。バイクも買い直したかった。そのために海外にいる父親に連絡を取ることなど考えたくもない。それでは日にちが掛かり過ぎるし、国外にいる人間が保護者や保証人として通用するのかすら知らない。

全部親の金でしょ?

奈緒の言葉を思い出し、そうだな、となつきは少し反省しながらベッドに寝転がった。親は親だ。たとえ養育費だけで繋がっているとしても。払ってくれるだけでも有り難い。
ヤマダに支払う情報料が必要無くなったとはいえ、不経済だし不便だし、いつまでもホテル暮しという訳にもいかない。
でも寮生活は向いていない。

「‥‥‥」

──違う、な‥

低い天井を見上げ、その壁紙の単調な模様を目で追いながらなつきは自分の心を辿る。もうずっと気持ちはそれに捕われ続けている。他の事が全て疎かになるほど。

なつきは大の字になったまま息を吐いて身体を弛緩させると、覆い隠している気持ちを解く。

静留に会うのが恐い。
一番大切だと思うのに、どこかで何か責めてしまいそうで、それが恐い。
自分に対しての仕打ちなら構わない。静留を止めてみせると誓った時に、気持ちの整理は疾うについている。
けれどもかつて自分が望み、そのために動き、静留を止めることができずに、その結果として静留が犯した罪は大き過ぎた。生き残ることなど考えていなかった。こうして日が経って一人になって冷静になればなるほど、その事実が重い。

なつきの瞳が少し細く眇められる。じわりと胸が痛くて、少し拳を握り締めた。

静留は一切言い訳をしないだろう。自分の為にやったことだと説得したところで、それがどこか詭弁じみていることはなつき自身も分かっている。自分ですら信じ切れていない言葉など言えるはずもない。
静留の刃はなつきには向かない。
そう、いつだって静留の刃は自分に向くことはないのだ。たとえ想いを拒絶して傷つけても。静留自身を壊してしまっても。
なつきは切ないような淋しい気分で小さく笑った。

たとえ恨まれても、うちのもんにしてみせます。

静留はそう言った。そして捉まえられたのに。
抱きとめられた静留の腕は、酷く優しかった。
赤みがかった瞳は、怯えるような不安そうな色を帯びていた。

──知っている。静留は優しい。

どうしていいのか解らずにぼんやりしていると、携帯の着信音が鳴った。
ベッドから身を起こして机の上の携帯を手に取る。ディスプレイには電話番号が表示されていた。登録していない相手からだ。静留からでないことに少し安堵して、そう思う自分自身がまた腹立たしい。気乗りがしないで携帯をベッドの上に放り出し、しばらく放置していたが、鳴り続けるのも鬱陶しくなってなつきは携帯に手を伸ばし、蓋をスライドして通話ボタンを押した。

『おっ、やっと出たなー。電話までサボっちゃだめでしょう』

妙に元気のいい脳天気な声に、なつきは嘆息する。

「碧か。何の用だ」
『理事長からあの後の事情を聞いたから、今から中庭にHiME戦隊、集合!ってことでー』
「電話で話せ」
『ダメダメぇ。来ないと碧ちゃんの正義の鉄槌をお見舞いしちゃうよー?』

はぁ、と諦めたようになつきは承諾した。
電話を切ると、そのまま迫水に連絡を入れてなつきはホテルを後にした。



相変わらず揃っているのだかいないのだか解らない集合具合。
石造りの丸天井の四阿。その円柱に寄り掛かった碧の近くに舞衣に命、あかね、雪之が立っている。あからさまに距離を取っているのは奈緒。少し離れて潜むように立っているのは尾久崎晶。居心地悪そうにしている宗像詩帆。
二三とアリッサはともかく、HiME戦隊というには、紫子、静留の姿はない。
まあ、不在の理由は、呼んでいないからなのであたりまえだ。なつきは遅刻かサボりだろう。
中等部の子には馴染みは薄いが、碧はなんとなく感慨深くて、少し笑った。守りたかった生徒たち。信じた心に応えてくれた、ここにはいない深優に心の中で感謝する。彼女の想いがアリッサのためだけのものであったとしても、あの暖かい関係は碧の気持ちを裏切らなかった。

最後にやってきたなつきを認めると、碧は片手を腰に当て、真白から聞いた話を説明し出した。
アリッサと深優は学園で保護すること。シアーズ財団からの干渉は今後一切ないこと。一番地、という言葉は使わなかったが、媛星に関わる組織からの、生活への干渉は一切ない。安心して生活して欲しい。

「それと、陽子が保健室にいるから、全員、一応診てもらうこと! 自分でも気づかない内に疲れてるかも知れないからね」

休校中も保健室は解放しているから何かあったら行きなさい、と碧は続けた。鷺沢陽子は碧から依頼を受けて、学園の保健室に常駐することになっている。
蝕の祭で消滅し、復活した者など今まで存在しない。ましてや媛星の破壊に関しては全く判らない。多分、何の影響も出ないとは思うが皆の健康面、精神面に留意しておいて欲しい、と碧は真白から言われていた。しかし、そのままを告げて生徒を無闇に不安にさせる訳にはいかない。

素直だったりかったるそうだったり文句を言いながらだったり、反応はまちまちだったが、皆が三々五々に移動し出す。
ただひとり、移動する流れに逆らって、なつきが真直ぐに碧の方へやってきた。 他人を一切寄せ付けないような、それでいてどこか焦燥を隠せない顔付きだった。

「碧、‥‥静留は?」
「あー、呼んでないんだ。彼女には理事長が直接話したってことだから」

そうか、と複雑な表情で言い置いて、なつきは踵を返して歩き出す。

「あ、こら。保健室に行きなさい!」

返事は遠ざかる背中だけだった。碧はそれ以上は言葉を掛けず、少し思案するような顔でその背中を見送った。



「保証人、ですか。私は構いませんよ。書類を用意していただければ」

今は人目がない。花壇の手入れをするカムフラージュも必要無い。
迫水は立ってなつきに向いたまま言葉に答えた。
なつきは迫水の姿を一瞥したが、ふいと隠れるように、いつもの木に寄り掛かった。

「判った。書類を揃えたら持ってくる」
「寮では駄目なんですか?」

なつきから返事はない。迫水はひとつ息を吐くと、背を向けてしゃがみ込み、花壇の花に手を伸ばして話し出した。こうしている方が落ち着く。もう長い間行ってきた馴染みの格好だ。

「あなたにはお話しておいた方がいいでしょう‥一番地の事なんですがね‥」

僅かにじゃり、と聞こえた小石混じりの土を踏む音。気づいてはいないだろうが、少し気色ばんでいるのはそれだけで判る。

どこまでも真直ぐな人だ。

「本部が壊滅状態になった時の人間、支部の人間、全て生き返ったそうですよ」
「なに?!」

今度は派手に足音。声の遠近感から振り返ったことも判る。動揺している。
その素直さを迫水は好ましく思う。

「忽然と光に包まれて、戻ってきたそうです。埋葬された者を調べた所、そちらには何もなく。時間を超えて現れたようだったそうです」
「そんな馬鹿な‥」

有り得ないと思っているのだろう。確かに有り得ない。だが、彼女達は戻ってきた。否定することも難しいだろう。迫水はなつきに助け舟を出す。

「その日の内に評定所名義で各所に直々に通達が入りまして。今回のHiME達、および関係する者に、悪意ある干渉は一切不要、と。事態の収拾にのみ務めよと命じられましてね。今、組織は蜂の巣を突いたような混乱の最中ですよ」

無言のなつきに、苦笑するように迫水は言葉を続ける。自分にも判らないのだ。こんな話は。

「事態の収拾が必要なのは組織内部の方です。私のような組織の末端の者には、何が起きたのか本当の所は何も分かりませんがね」
「‥よくそんなに落ち着いていられるな」

通常なら有り得ないことを淡々と話す自分に困惑しているのだろう。その気持ちは玖我なつきという人間を見ていれば良く分かった。

唯唯諾諾、と言うんでしょうか。覚えてしまえば楽ですよ。与えられたことに一切疑問を持たずに受け入れて、自分の意志など押し殺すか始めから持たずに従う。それが自分の立場だと弁えていればいいんですから。

「まあ私は直接見た訳じゃないですから。事実として受け止めるだけです」
「‥‥‥」
「‥少しは救いになるんでしょうか‥」

なつきからの返事は無かった。微かな砂利を踏む足音が遠ざかる。

そう、私のような生き方は、あなたには似合いません。あなたの主はいつもあなたでしたから。
ご自分で納得できるまで、真直ぐにお行きなさい。その不器用な強さが、多分、私が初めて組織を越えて誰かの力になりたいと思った、そしてあなたがHiMEであった理由なんですよ。



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