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sincere
 

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『時は満ちました。目覚めて、姫達よ』

立ち膝で静留を抱き締めている自分になつきは気が付いた。
横座りになってなつきの胸に抱かれていた静留も気が付いたようで、呆然とした体でゆっくりと胸から顔を上げる。
声は続いている。

『今こそ、永きに渡る戦いに終止符を打ち、呪われた定めの軛を外す時』

互いの顔を見つめあう。
生きている。消えるのがHiMEの定めだったはずなのに。
なつきは抱き締めていた腕を解き、どちらともなく二人は身体を離した。

『古より祭の供物として捧げられてきた幾たりもの乙女達』

なつきは無言のまま立ち上がって、一度静留を見つめると視線を落とした。静留も立ち上がった。
ただ止めなければと思っていた。罪を重ねさせたくないと。それが自分と静留の終わりだと知っていたから、その先の事など考えなかった。
今こうして生き延びて、静留の犯した膨大な罪を、そして止められなかった自分を思うと向き合うことができない。

『その涙、想いを糧とし、今ひとたび戦姫の真実の舞を』

何を思って泣くのか、噛み殺したような静かな嗚咽。
消えても罪が許される訳ではない。だが、卑怯だとは思うが終わりにはしてしまえた。どこかでそれを願っていた。
けれどこうして生きている以上、真実を受け止めて背負い続けなければならない。

『貴女方の想い、その力を』

視界の端に入る静留は両手で顔を被って肩を震わせて泣いている。
いつも鷹揚に構えていたから、苛烈なまでの想いを抱えていたことも、こんな脆弱さも知らなかった。
いつも与えてもらうだけで、静留の事を知らなかった。

「堪忍‥堪忍な、なつき‥うち‥」

静留はきっと、独りでは歩き出せない。

「もういいんだ、静留。もういい」

顔を上げた泣き笑いの静留の表情に、いいんだ、となつきは肩を叩く。誰よりも大切だと思った気持ちは変わらない。
一番地を潰すのは、かつて自分の目的でもあった。その罪は自分が背負うはずだった。
そして、本当に倒すべき相手は別にいる。

「行こう」

今は。
やらなければならない。
全てを終わらせる。終わらせてみせる。これが最後の舞。



媛星が消え去り、空が変わる。
媛星の影響は夜明け頃には一切が消えるだろう。媛星の破壊によって生じた、この世界に満ちている、無秩序で原初的な、暴力的なまでに莫大な力も失われ、かつての姫である自分と彼女達との繋がりも消える。そうなれば彼女達に絡み付いている死人の妄念を追って冥府から呼び戻すことはできない。
自身を保てるかも危うかったが、理に逆らって死者に黄泉比良坂を越えさせるのであれば今しか機会はない。

しばらくの時を置いて水晶宮に再び天を満たすような光が溢れ出した。
黒曜の君という枷のなくなった今、解き放たれた媛星の力を全て身に受け想いに変えて、水晶の姫にして冥府の女王たる風花真白は、今回の蝕の祭に関わった人間を復活させた。姫達の力によって奪われた命、全てを。
それが真白に出来る精一杯の贖罪だった。
三百年の時を隔ててはいるが、自分が味わい、その苦しさを知っているのに彼女達を巻き込んだ。この忌わしい祭を終わらせるために利用した。

『姫とその関係者には一切手出しは無用。それでも手を出すというのなら、あなた方の命を今一度、冥府に迎え入れるだけです』

まるで指先ひとつでそれが為せるかのような非情な響き。
冥府の女王然とした声を、呼び戻す死者の脳裏に明確に刻み込む。
一度味わった死の恐怖。冥府の圧倒的な闇。抗うことは不可能。

「ホントにそんなことできるの〜?」

耳鳴りのする頭にからかうような声が被った。
真白が水晶宮の丸天井の左、暗い窓にゆるりと視線を向けると、窓の外に、炎凪がやれやれといった風情で立っていた。凪には先程の声が聞こえていたはずだ。
あまりに暴挙なのは判っていた。三百年の永きに渡り封じ込められてきた身体が軋む。かなりの熱を帯びて体中が凍えていた。息が上手くつけない。

「‥ご存知‥でしょう」

真白は凪から視線を離し、意識して大きく息を吐いた。流石に疲れ果てていた。
一番地の手の者は、その死について何らかの隠蔽が為されているはず。後は勝手に帳尻を合わせてくれればいい。
残るはアリッサ・シアーズと深優・グリーアの身柄を保護下に置くこと。あの二人には未知の部分がまだある。愚かな野望を持った人間に利用される可能性が皆無ではない。そして事実上存在意義を無くした一番地と、シアーズ財団に、姫とその関係者に一切の関与を許さないと圧力を掛けること。
媛星が消えた今、前回の水晶の姫であった真白に今更なにが出来るのか一番地もシアーズ財団も知らないだろう。だが、死んだはずの人間を生き返らせる力、それは超越者の力だ。効果はあるだろう。

「‥あなたはホント、段取りが悪いよ‥」

もともと白磁であるのに、更にぐったりと血の気の引いた真白の顔を見てか、凪は苦笑するようにそう言った。真白はその言葉に静かに目を伏せた。



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