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「ほら」

差し出した手には綺麗なシルバーブルーの紙包み。
ソファーに腰掛けていた静留は、おおきに、と微笑んで両手で大事そうにそれを受け取ると、ふと嘆息するような顔になる。

「せやけどなつき、ほら、はないんやない?」
「ちゃんとお返ししているんだからいいだろう?」

静留の正面に立ったまま、素っ気無く答えるなつきに静留は僅かに眉上げて諭すように笑ってみせる。

「贈り物は心を贈るもんどすえ。はい。──うちはなつきが好きどすえ」
「あ、ああ。ありがとう」

最後の一言をとても優しい声で言われ、静留に両手で差し出された包みを受け取って、少し赤くなりながらなつきは呟くように返事をした。気恥ずかしくて、渡された濃い群青の艶やかな包み紙に目を落とす。沈黙になつきがふと視線を上げると、静留がじぃっと上目遣いになつきの顔を見つめている。赤み掛かった綺麗な瞳は何かを待つようにも見える。

「な、なんだ?」
「ん?」

視線はひたとなつきの瞳を見据えたままで、促すように小首を傾げ静留は笑っている。

「え‥なに」
「あんたが好きどす?」
「いや、解ったから一々言うな」
「‥‥‥」
「‥‥‥」

視線に負けて、なつきは静留の横に座り込む。恥ずかしいことこの上ない。隣の静留から半分笑ったような小さな吐息が聞こえた。

「もう、いけずやなぁ。なつきはうちのこと嫌いなん?」

照れ臭いのに言わせようとするから、おまえのそういう所は嫌だ、となつきは内心思い、伸びをしながらそっぽを向いて意趣返しのつもりで言ってみる。

「ああ嫌いだ」
「‥‥そう?」

どこか平坦な静留の声に、横に座る静留の方へなつきが視線をやると静留は前を向いたまま少し俯き加減に、淋しいような静かな笑みを浮かべている。

「ば、馬鹿冗談だっ」
「そうどすか」
「嫌いじゃない」
「おおきに」
「‥って‥本当に嫌いじゃないぞ?」
「あら嬉し」
「本当に嫌いじゃないんだ‥‥ぞ?」

それまで素っ気無い返事ばかり返して来た静留が、なつきに視線を戻して、優しいような瞳でふと笑った。

「うちも本当に”好き”どすえ?」
「───」

静留は少し可笑しそうに笑っている。言葉が逆なだけで、これでは言っているのも同然だ。静留から受け取った包みをローテーブルに置くと、恥ずかしくて少し憮然としたまま、なつきは静留の淹れてくれたお茶に手を伸ばす。

「せやけど、あんまり嬉しい冗談やおへんなあ」
「──ごめん」

一息ついて、なつきの頬の火照りも収まりすっかり落ち着いた頃、隣に座る静留が呟いた。

「なんでなんやろなあ」
「んー?」

静留はなつきを見つめて笑いかけると、吐露するように言葉を零す。

「うち、なつきがほんまに好きやわ」
「ぶっ」

その話題は終わったのではなかったのかと、吹き出しかけたお茶を危うく堪え、慌てたように少しなつきは咳き込んだ。あらあらとでも言うように静留はなつきの湯飲みを受け取ってローテーブルの上に置く。

「し、しみじみ言うなしみじみ。ったくおまえは何だって一々そういうことを‥‥」
「せやなあ‥‥」

言葉を切った静留に、聞きたい?となつきは小さく笑いかけられた。
静留にしては珍しいなと思って、ああ、となつきは答え、話したいなら、と付け加えた。誰に宛てた訳でもないように笑った静留の視線が足元に落ちる。

「なつき、前は好きやて言うといっつも怒ったり困った顔してはったやろ?」

今だってするだろうが。恥ずかしいし。

「かいらしいなあて思てたんやけど、ほんまはちょぉ淋しかってん。うちが好きやとなつきは困らはるんやなあ、て」
「そんなつもりじゃ‥‥」

静留は視線を落として少し俯いたまま穏やかにふわりと小さく笑う。
言葉を飲み込んでなつきは口を噤んだ。どこか線の細い静留の横顔を眺めながら考える。確かに出逢った頃は戸惑ってかなり邪険にした。それに静留が言っているのはそういう表面的な意味ではないのかも知れない。
受け入れられなくて困るだろう、と。
言葉を告げる度に、笑顔の裏でいつもそんなことを考えて。
何年も何年も、言えば淋しくなるのにそれでも言わずにはいられなかったのか。
一体どれだけ知らず知らずの内に傷付けて来たのだろう。

「せやから今は言いたいんどす」

顔を上げた静留に、あかん?と、にっこり笑いかけられる。そんな風に言われたらそれこそ困る。口に出すなと言えなくなる。

「まったく‥‥好きにしろ」
「おおきに」

ふふ、話した甲斐がありましたわ、などと少し不穏なことを静留は呟いている。この先静留に何を言われるのかと思うとなつきは今からちょっと目眩がしそうになった。けれど隣の静留が嬉しそうなので目を瞑ることにした。それにしても静留は一々考え過ぎだと思いながら、なつきは湯飲みに手を伸ばす。

「お茶、もう残ってへんやろ。待っといてな」

そう言って静留はなつきと自分の湯飲みを盆に乗せて立ち上がった。
ありがとう、と声を掛けてなつきは静留の背中を見送った。視界に入った静留が座っていたソファーの端、肘掛けの横に、静留に渡した紙包みがちょこんと置いてある。
空になった席にぽつんと置かれたそれを、なつきは少し身体を傾けて左手で拾い上げた。

  ああ嫌いだ
  解ったから一々言うな
  うちが好きやとなつきは困らはるんやなあ、て

「‥‥考え過ぎだ、まったく」



台所から戻って来た静留はソファーに浅く腰掛けて二人分の湯飲みをローテーブルの上に置き、少し怪訝そうな顔をした。

「なつき、顔ちょぉ赤いことない? 熱でもあるんやないやろね」
「ない。平気だ」
「ほんならええけど」
「これ」
「え? うちこんな大事なもん落としてしもた? かんに‥」
「いやそうじゃなくて」

手渡された綺麗なシルバーブルーの紙包みから視線を上げて、きょとんと目を丸くして自分の顔を見つめてくる静留に、どこか頑張ったようななつきは一瞬口籠る。

「‥‥だっ、だから、その‥‥。──す、好き、だぞ?」

驚いたように眉を上げて、それから、僅かに切ないような表情で言葉を胸に仕舞い込むように目を閉じて、少し俯き加減に、それはそれは大事そうに静留が微笑むから。
思わずなつきは思った。
静留がたったひとつずっとずっと待っていたのは。
こんなにささやかな一言で伝えられて。
でもそれは静留にとってはどんなにか遠かったんだろう、と。

顔を上げた静留に、好きだ、と今度は素直に言えたのに、まだ伝え残したことがあるような気がした。けれどうまく言葉にならなくて、結局、時折静留がしてくれるように、なつきは静留の髪にひとつキスを落とした。

「──なつき、今日はえらい優しいんやねえ」
「う、うるさい」

今更になって酷く恥ずかしくなって、なつきは静留の顔を見ずに急いで身体の向きを変え足元を凝視した。なつき、と呼び掛けられて、なんだ、と渋々振り向く。
それでも、おおきに、と静留が花の蕾が綻ぶように、とても幸せそうにほんのりと桜色に微笑んでいるのを見て、思わずなつきも暖かくなって照れ臭そうに微笑んだ。

季節はもう、春だった。



(了)





後書き:

少し早いですが、3月14日、ホワイトデー用ssです。



えーと‥‥。
私の書いた物にしては甘めかと。
春なのは私の頭の中かも知れん、と半ば本気で思いました、はい。

2006.3.11

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