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remember
 

3

静留が温泉から戻って来た頃にはハンディカラオケの電池も尽きていた。夜も更けたからと今度はカードゲームやトランプで盛り上がる。
命がルールを知らないため、自然ゲームは7並べやババ抜きのような単純なものになった。
命同様、なつきもこういう遊びに慣れていないようで、やたらと弱い。
勝つのは大抵静留か奈緒、黎人といったところ。

「‥‥パス‥‥3」
「うわだっさ。あんた負けんの何回目? ホントにルール解ってんの?」
「ふん。手札が悪かっただけだ」

負けて悔しいのを必死に誤魔化してゲームに興じているなつきは可愛かったが、淋しい気もする。静留は自分の独占欲の強さに苦笑した。

「あがりどす」

それでもやっぱり向きになって挑んで来るのが楽しくて手は抜かない。割を食うのは素直な面々。

「あんたねぇそこ出されたらジョーカー使えないじゃない」
「あらぁ、残念どしたなぁ。それが最後の一枚やと負けどすな」
「遥ちゃん、手札見せてるよ」
「私もパス3だ! 舞衣、これは負けなのか?」

陽子と碧はゲームには参加せずに、障子で仕切られた窓際の小部屋の椅子に掛け、差し向いで酒を飲んでいる。既にふたりとも出来上がり気味で、ふらふらしながらそれでも互いに一本ずつ一升瓶を抱えていた。まだ飲むつもりらしい。

舞衣と黎人が用意した隣室の布団へと早々に向かったのは命だ。
徐々に人が抜け、黎人と楯が別室の男部屋に引き取ると場も開いた。静留が少し席を外して戻ってくると、寝床の陣取りは終わった後だった。壁際の布団に座るなつきの隣が当然のように空いている。

「じゃあ消すね。小さい電気はつけとこっか」

トイレに起きて誰か踏んずけちゃったら困るし、と舞衣が小さな常夜灯を残して灯りを落とす。暫くは微かに会話が聞こえていたが、それも途切れた。

一体どれだけ飲んだのか、静留の左隣で眠る碧は酷く酒臭い。多分この布団が空いていたのはこれが理由だ。重圧のような臭いに閉口して静留が右に寝返りを打つと、僅かだが臭気は薄まった。ふと見ると薄闇の中、なつきの横顔がある。目を閉じているためか、精悍さが薄れて幾分幼く見えて可愛い。静留は内心溜め息を吐いた。昼間の用事は年明けの茶会の打ち合わせで、少し気の張る席だった。疲れていたのだが、これではちょっと眠れそうにない。

疲れの所為か、夜明け前、物思いに疲れたようにやっと静留は微睡んだ。



ええかざするなあ。
この匂い、好きや‥‥



急に少し息苦しくなって、なつきはぼんやり目を醒ました。
何か腹の辺りが重い。気配を感じ、怪訝に思ってぼやけたままの頭で横を見た。
薄闇の中、息が触れるほど間近に静留の顔がある。

「‥‥‥!?」

心臓が痛いほどドクンと脈打った。思わずなつきは唾を飲み込み視線を戻して天井を見る。何が起きているのか解らない。取り合えず、腹の重みはどうやら静留の腕らしい。

し、しずる? ど、どう‥

混乱しているなつきを他所に、静留はぴくりとも動かない。
流石に寝ている時に抱きつかれてはびっくりする。

和室。布団。薄闇。

「────」

動いたらいけないような気がした。何かが壊れそうな。
まんじりともせず、しばらくなつきはじっとしていた。
静留の腕の重みが布団の綿の上からじんわりと自分の身体に伝わってくる。
くすぐったいような暖かいような、なんとも不思議な感じがした。
それを意識したらまた鼓動が速くなる。どくんどくんと脈打つ心音が煩い。外まで聞こえてしまいそうだ。静留は全然動く様子を見せない。

寝てる‥‥んだよな‥‥やっぱり‥‥

だったら起こせばいいだけの話なのに、何故かなつきにはそれが出来なかった。

静留、おい静留!

無駄だというのも忘れ、なつきは心の中で呼び掛ける。

ど、どうしよう‥‥

どうしようも何も、何をそんなに自分は狼狽えているのか。

バイクに乗せている時もこれくらい近いし。いやでもそれとは違うだろう? 普通驚くよな?

混乱している自覚はあっても、それでどうなるものでもない。と言っても、内心でじたばたしているのは自分だけで、静留は一向に動かない。

‥うわ、何か香りが‥

それでもなんとか少し落ち着いて来ると、何となく部屋に充満している酒臭さの他に、さっきから静留の髪の香りがしていたのに気がついた。
自分の心音を無理矢理意識の外に追いやって耳をすませば、左耳に、微かに規則正しい深い呼吸が聞こえる。やっぱりただ眠っている。

‥‥静留、結構寝相悪いのか?

困惑したまま、ふとそう思いつくと、何か可笑しかった。

‥‥いつもは子供扱いする癖に。そうとう酷いぞ、これは。

自分で勝手にしていた緊張が解けて、なつきはひとつ静かに息を吐く。珍しく子供のような静留に少し優しい気分になって、なつきは横目で静留を見た。

‥‥?

薄闇の中、なつきは思わず顔を向けて静留の寝顔を見つめてしまった。綺麗な事は十分承知しているし、穏やかな笑顔ならよく見せてくれる。けれど、こんな静留は見た事がない気がする。

こいつ、こんな顔して寝るのか‥‥

笑っている訳ではない。ただ、何ひとつ憂いのない、安心し切って満ち足りたようなその表情は、どこか普段の静留よりもゆったりと伸びやかな気がして、幸せそうとしか言い表せない。思わずなつきも幸せな気分になって笑ってしまった。幼い感じというには少し語弊があるような、でもどこかあどけない顔で、なにか無性に可愛い。

‥‥。

あまりにも幸せそうなのが嬉しくなって額を近付けかけ、ふと我に返ったなつきは何をしているのかと赤面しながら慌てて顔を戻した。静留の寝顔を盗み見てどうする。
なんともバツの悪い思いでなつきは上を見上げ、見慣れない木目の天井に大事な事を思い出した。

今雑魚寝してるんじゃないかっ!

いくら静留が寝ぼけているだけとは言え、流石にこの情況を人目に曝すのはまずいだろう。奈緒あたりなら携帯で撮影し、延々とネタにされかねない。笑い声まで聞こえて来そうだ。

起こそうと思ってなつきは静留の顔を見た。やっぱり幸せそうに眠っている。
このまま眠らせてやりたい。それに、静留の腕の重みは安心するようで心地よかった。
なつきは迷ったまま、結局かなり長い間そうしていた。

「‥‥まぃ‥‥」

寝言が聞こえて、なつきはちょっとぎくりとし、それからひとりで小さく笑った。

命みたいだぞ、おまえ。



心地よい匂いに包まれていたら、ふと左手を引かれたような気がした。
それに促され、ぼんやりした意識で静留は瞼を開き、眼前のなつきに硬直した。布団の上からなつきに回されている自分の左腕。

「ぁ‥‥」

咄嗟に泣きそうな思いで違う、誤解やと言いかけて、静留はなつきが口許に一本指を当てているのに気が付いた。なつきは優しいような顔でどこか淋しそうに笑んでいる。静留は思わず俯いた。
再び腕をぽんと軽く叩かれ静留が視線を上げると、なつきは周りを指差している。そう言えば今は旅行の最中だとやっと静留は事態を把握した。多分、寝ている他の人間の事をなつきは言っているのだろう。

誰に見られたかて構わへん‥‥

なつきを抱き締めたいのは事実だ。今だって、腕をすぐにでも離すべきなのに離せない。思えばなつきにとって嫌な記憶を連想させるような情況だというのに、恋しくてこのままずっと抱いていたい。

でも、なつきはそうやないんよね。

ふ、と自嘲の笑いが思わず漏れた。それが悲しくて、堪え切れずに少し腕に力を込めて、ふざけて寝直す振りをした。馬鹿な事をしていると思いつつ。

静留が思っていた通り、なつきの手が目を閉じた静留の腕を軽く叩く。慌てたようななつきに、静留は冗談だと笑い掛け、寝返りを打った。
もう、自分が何をしているのか何がしたいのか解らない。こんな事をしたら、なつきは嫌な事を思い出す。嫌な記憶を。


くるりと背中を向け、ただの一度も振り返らない静留を、明け方まで、なつきは思案するように見つめていた。



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