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水の器
 

赤紫。青紫。
淡く澄んだ色に露が光る。
大きな艶やかな緑の葉に良く映える。

「‥‥‥」

やっと上がった小雨に濡れた街は、雲間の陽射しに薄明るい。
ぴちゃりと水たまりを蹴散らして歩く歩調は僅かに速い。

「な。なつきの部屋にもどうどす?」

静留の声に答えず、先ほど閉じた傘を片手になつきは黙って歩道を歩く。

別に構わないじゃないか。
この間、静留が高校の頃の取り巻き連中に誘われて出掛けた。
そんなのはお茶とかそういうのでも良くあることで。
静留は静留の生活があるんだし。

でも、落ち合った約束の場所で、待っていた静留が紫陽花を抱えていたから。
綺麗やなぁ、て見蕩れとったらお家の人が、どうぞ、てな、とそれこそ綺麗に笑って言うから。

一言、言っていてくれたら、人から聞かされて引っ掛かったりしなかったんだ。
あんなにあっさり認めてなんでもないように笑うなら、教えてくれればよかったんだ。
こんなのはエゴだ。なのになんとなく歩調はいつもの自分のペースのままで、静留の歩く歩調より少し速い。

「紫陽花、好きやないん?」
「別に」

そうじゃなくて。
人からの好意にどうしてそんなに無頓着なんだおまえは。
知らない奴が庭の花を見ていたくらいで切って寄越したりしないぞ普通。
まあ、静留一流の話術で、世話を褒めたりなんだり世間話でもしたんだろうが、それにしたって。

ふぅ、と小さく息を吐いて立ち止まり、なつきは後ろを歩く静留に振り向いた。
片手で抱くには大き過ぎるほど見事な紫陽花の花束。
薄い黄緑からグラデーションを描いて美しい赤紫色に変化している。
静留の好きな色をした、雨の中の小さな打ち上げ花火。

「傘よこせ。持ってやる」
「ええて。腕に掛けとったら邪魔にもなら‥‥」
「いいから」

花に似た色の静留の傘をついと奪ってまた歩き出す。

「──花言葉、知ってるか?」

この間、たまたま舞衣だったかあかねだったかが言っていたのだ。
色が変わるこの花に相応しいような、その花言葉。
一呼吸置いて、笑い含みの息が聞こえた。

「‥‥紫陽花て、色が綺麗なとこ、花びらやないて知ってはる?」
「え?」
「この紫色のとこな。花びらやなくて萼なんよ」
「ふぅん‥‥」

つい話に釣られて立ち止まったなつきに、静留は小さく笑った。

「ほんまのことなんて、知らんこと、解らんことの方が多いんと違いますん?」
「何の話だ」
「なんやろね?」

”移り気”ではない、と言いたいのか。それとも違った意味なのか。
何となく楽しそうな静留は、両腕に艶やかな季節を抱えて笑っている。

「‥‥じゃあ、紫陽花って本当は花の色は変わらないのか?」
「さぁ‥‥どうやろなぁ」

‥‥むぅ。

はぐらかされて少し不機嫌に睨んだ先には、先程よりも複雑な色合いを帯びたなつきの心を映すような、束の間の季節の恵み。ふとそのまま視線を上げると、覗き込むようなからかうような、深く澄んで花よりも艶やかな紅。
ふと、瞳だけで笑い掛けられた。なつきは思わず言葉に詰まってくるりと背を向け、今度は少しゆっくり歩き出す。馬鹿みたいだ。それに、綺麗なのは紫陽花じゃなくて。

「ああ、せや」
「なんだ」

頬に少し火照りを感じたまま、なつきは振り向かずに返事をする。

「花言葉。”強い愛情”?」
「な──はぁ?」


結局、ふたつの部屋には紫陽花の花がそれぞれ活けられた。
鬱陶しくて嫌いだったこの季節に、なんとなく好きになったものがひとつ。
静留がこよなく愛する色に染まる、雨の季節に開く花。

赤紫。青紫。
どんなに色を変えても、紫陽花は紫陽花で。
きっと、いつまでも好きでいる。
少し嘘つきで、とても綺麗で、どこか優しい、この花を。



(了)

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(初出:blank blog June 18, 2006


ちょろっと後書き:
他所様とネタがモロに被ってしまった、少しだけ曰く付きのお話(苦笑)
でもお陰で更に仲良くして頂いたという思い出深い話でもあります(笑)


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