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forbidden
 


外を歩いていると随分と肌寒く感じるようになってきていた。もう木枯らしが吹く季節。晴れているせいで更に気温は低いようだ。
買い物をする約束で学校帰りに落ち合って、もう暗くなっている道をなつきは静留と並んで歩く。薄墨色に沈んだ街並。平行して走る広い通りのせいか、歩いている一車線の通りは車も人もまばらだ。夕暮れの残滓に月が光を増してきていた。

手紙を出してくるからと、道の向こうのポストに向かう静留の背中がどこか寒そうで、なつきは立ち止まったまま何か声を掛けたいような気がした。穏やかで端雅な顔を向けて、なつきの方へ歩いて来る静留のその肩も、やっぱりなんとなく寒そうに思える。最近、季節柄かなつきは時々そう思う。

「寒いのか?」
「ん? なつき寒いん?」
「いや、私は平気だ」

私が聞いているのに、どうして私が寒い事になるんだ?

なつきは内心苦笑する。静留はいつもこうだ。
当の静留は自分の服に目を落とし、何か得心したようになつきを見た。

「ああ、服の色目ぇ冬の色やから、そのせいやないやろか」
「服のいろ‥なに?」

話が見えないなつきに静留はゆったりと問いかけた。

「重色目て、知ってはる?」
「かさねの?」

聞き慣れない言葉になつきは再び問い返す。静留といるとこういう事が結構ある。静留は聞き取り易いようにかゆっくりと繰り返した。

「かさねのいろめ。なつきは着物着ぃひんから知らんかもしれへんね」

せやけど十二単の襲の方やったら古典の授業で習うような気ぃするんやけど、と、なつきにはあまり有り難くない事を静留は呟いてから、着物には単衣(ひとえ)と袷(あわせ)があって、単衣は表地だけの着物で、袷は裏地のついている着物、重色目は袷仕立ての着物の表地と裏地に使う色の組み合わせのことだと説明した。

「色の組み合わせなんて、いちいち決まってるのか?」

なつきは少し驚いて聞き返した。好きな色を組み合わせればいいだけの話のような気がする。
なつきが静留にそう言うと、はぁ、と静留は溜め息のような笑いを零した。

「そんでもええんやけど‥なつきらしいなぁ」
「は? 悪かったな」

何やら褒められてはいないようだ、とちょっと眉を顰めたなつきの様子を見てか、静留はなつきに少し笑いかけ、言葉を続ける。

「重色目いうんは、色の組み合わせで季節のいろんなこと表してるんよ」

ふぅん、となつきは耳を傾ける。静留は街路樹の枯葉を見遣った。

「秋やったら、朽葉いう色目」

んー、と暫く迷ってから、あんな色やね、と静留は白茶けたような焦げ茶の枯葉を指差している。それに今様色を合わせて使うのだとか。なつきは今様などという色があることすら知らなかった。静留は今度は歩道の反対側の植え込みを示して、あの紅うなっとるんがもっと薄なった色が近おすな、と呟く。
そう言われても、もう暗いしオレンジとも茶ともつかない色が混ざったような複雑な紅い色が、更に薄くなった色というのがなつきには上手く想像できない。

「‥まあ、秋っぽい感じはするな」
「ほんまにそう思てはるん?」
「例えが難し過ぎるんだ」

ちょっと膨れたなつきを楽しそうに笑って見ながら静留は続けた。

「ほんなら、これも秋に使う色目やけど、白に蘇芳‥まあ、紫色やね。それが菊って名前なんよ」
「菊って黄色じゃないのか?」

不思議そうに聞き返すなつきに、ぷっ、と静留は吹き出す。

「‥静留、判ってて言ってるだろう」

むぅ、とそっぽを向いたなつきは、思い直して静留の方を見た。何時の間にか話が逸れている気がする。

「それで静留の服の色のなんとかは、なんて言うんだ?」

静留は白いハイネックの薄手のセーターにほんのりと薄茶がかった上着を着ていた。

「‥ああ、これな。氷重いうんよ。表が鳥の子、裏が白。冬の色目やね。微妙に違う白合わせてもそう呼ぶんやけど」

こおりがさね、とその響きをなつきは頭で反芻した。清冽で冷たい音。
どうしてそんな冷たい名前を寒い冬に使うんだろう。

なつきの脳裏に、ふとデュランを呼び出した時の記憶が蘇った。凍りついた冷たい水晶。鳥の子と静留が呼んだ色は柔らかいのに、氷重という響きがもたらすイメージには柔らかさは微塵もない。
まるで凍てついた氷を鎧みたいに幾重にも纏うようだ。

「やっぱり何か寒そうだな」
「そうどすか? ‥うちには丁度ええんよ」

なつきの言葉に静留は小首を傾げて、安心させるかのようにふわりと笑んで寄越す。至極優しい表情でなつきを見つめている、その赤みを帯びた瞳は包み込むようにとても深い。

表の色、裏の色、か。

静留の色は複雑で、よく解らない。
でも多分、自分が単衣なら静留は袷だ。

あれ? そうしたらやっぱり寒いんじゃないか?

短絡的な事を思って、なつきは視線を横に投げて軽く考え込んだ。木枯らしがなつきの黒髪を撫でてゆく。突っ立って話し込んでいたせいで自分の方が寒くなっていた。

「ほな行きましょか、なつき寒いやろ?」
「え、どうして」
「肩、ちょう竦めたはるから」

よく見ているな、と苦笑しながらなつきは肩を上下して身体をほぐした。
そう言えば、静留は別に寒そうな素振りは何ひとつしていない。震えている訳でも肩を竦めて縮こまっている訳でもポケットに手を入れている訳でも。いつものように端然と佇んでいるだけだ。
それでも寒そうに見えたのなら、気のせいかも知れないそれは。

表の色。裏の色。

何度も言っているのに見せてくれない。
静留の隠した袷の裏地。

ふと、なつきは視線を落とした。

それとも自分がそうさせているのか。
もともと静留は静留自身の事は言わない質だ。
けれど、また自分の事で何か抱え込んでいるのだとしたら。

目を上げると、どうしたと軽く問うように静留がなつきを見ている。
曖昧な笑みで誤魔化して、なつきはまた何となく視線を逸らす。

我が侭なのだろうか。いや、そうなのだろう。
傷つけることになっても隣にいたいと思った。
でもやっぱり静留を傷つけたくは無い。

思考の袋小路に陥って俯いたなつきの視界の端に、寒風に曝されて薄茶の髪が流されるのが映る。

「なつき?」
「うん」

答えたものの静留の方を向けない。
気のせいかも知れなかったが、そうじゃなかったら。
どうしたらいいのか解らない。傷つけずに隣にいられない。
なんでもない振りが出来るほど器用でも無い。今だってそうだ。

「‥なつき、手ぇ繋いでええ?」
「え?」

突然変わった話題になつきが視線を上げると、冬色の服を着た静留が、心底安心してしまうような表情で微笑んでいた。

「ええやん、寒いし。大通りまで、あかん?」

手など繋いで歩いた事はなかったが、ちょっと困ったような顔でそう言う静留が、それでいいから、と言っているような気がして。

「‥‥うん」

なつきは真摯な思いで左手を静留に差し伸べた。静留は至極満足そうに笑っている。静留の右手はとても冷たかった。
その冷たさに、繋いだ手を少し強く握り直して、なつきが前を向いて歩き出すと、静留が身体を寄せてくる。

「え、ちょ、静留?」
「寒いんやもん」
「こら、ひっつくな!」

ひどく真剣に手を伸ばしたのに、静留の態度になつきはすっかり気が抜けてしまった。我に返れば、誰かと手を繋いで歩くなど何時からしていないか思い出す事もできない。その上左腕に寄り添うように、静留に身体をぴったりくっつけて歩かれては恥ずかしいやら照れくさいやらで、なつきの顔に朱が差す。バイクで慣れているはずなのに、二人乗りとこれとは違うのか腕に触れている静留の身体が暖かくてどうも落ち着かない。なつきは思わず足早になった。

「ふざけると手を繋がないぞ」
「ええ言わはったんはなつきどす」
「ひっついていいとは言ってないっ」
「いけずやなぁ」
「なにがだっ」

静留がなつきの歩調に合わせてくっついてくるものだから、段々と歩く速度が増して二人は半ば小走りになっている。並んでぶつぶつ言い合いながら歩道を突進しているのが滑稽で、なつきは笑い出して歩調を戻した。繋いだ手も身体も暖まっている。

「はぁ。急がないと店が閉まるな」
「せやね」

道路の先に大通りの明かりが見えている。
なつきは静留の手を引くように少しだけ歩調を速めた。

氷重の白い色。
今度はくっついて歩こうとはせずに、なつきの背中を見つめ、静留は泣きそうな顔で愛おしむように小さく笑った。




(了)



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