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fondly
 


「ちょっと藤乃、聞いてるの!?」

一般教養の講議が終わった、浅いすり鉢状の広い講堂に珠洲城遥の一喝するような声が響いた。同心円を扇形に切り取ったように並ぶ机。講堂の後ろの方の席に座ったまま、机の上で手を組んで、静留は傍らに立っている遥を見てゆったり返事をする。

「聞いてますえ? そうどすなぁ、珠洲城さんがええんやったらよろしいんと違います?」

正直な所、普段ほど集中して聞いていた訳ではなかった。別に遥をどうこう思っている訳ではないが、最近、失敗を犯すほどではないにしろ、ぼんやりしている自覚はあった。
それでも一応、話の内容は解っている。カラオケ同好会の忘年会を兼ねて一泊旅行が云々。カラオケ自体が忘年会みたいなものなのに、殊更銘打ってまでやる必要があるのか理解に苦しむ。しかも一泊旅行。どういう経緯だったのか遥が話していたような気がするが、聞き逃してしまっていた。
有り体に言えば、静留は遥ほどにはカラオケ同好会に思い入れも興味も無い。まあ、遥にしても、頼られるのが嬉しくてのことだろう。

せやけど相変わらず豪快なお人やわ。

まだ何か言葉を待っている様子の遥に、静留は少し笑って返事をした。静留なりには率直な言葉だった。

「せやなあ。別荘提供しはるなんて流石に珠洲城さんやわ。うちに出来るような事はなんもなさそうやし、珠洲城さんにお任せします。あんじょう頼みますわ」
「またあんたはそうやって人事みたいに。いい? あんたも参加するのよ?」
「うちがどすか?」
「当たり前でしょう。仮にもOGなんだから」

当然とでも言うように腕を組んで静留を見る遥に、そう気張るような事でもないと静留は思ったが、敢えて口にはしなかった。代わりに微笑んで一言告げた。

「珠洲城さん、うちに参加して欲しいん?」
「なっ! と、とにかく、予定空けときなさいよっ!」

静留の言葉に動揺したらしい遥は、机にぶつかりながら立ち去ってゆく。その後ろ姿を眺めながら、やっぱりどうかしていると静留は思った。参加するにしろしないにしろ、その一泊旅行がいつなのか思い出せない。普段だったらこんな失態は有り得ない。
静留はひとつ息を吐くと、講議で使った本を鞄に仕舞い席を立った。講堂の前にある時計を見遣り、後ろの出口へと階段状になっている通路を登る。これからお茶の稽古をつけにゆく予定が入っていた。



部屋というより巣窟と呼んだ方がいいのかも知れない。もっとも、住んでいる本人はそう不自由は感じない。大抵の物は大体どこに放り出したのか何となく覚えているからだ。
ただし、例外はいつでもある。
一旦物が見つからないと、とことん見つからない。今の様に。
なつきは試験範囲のプリントを探す手を止めた。これだけ探しても無いのなら学校に忘れてきたのかも知れない。もう時間も遅いし、それにどうせ勉強したい訳ではないのだ。ただ、何かしていないと落ち着かないから。

出先からやから、と短い電話。久し振りに聞いた静留の声は、今週も行けそうにないと済まなそうな、それでも伝えられた用件自体は素っ気無いものだった。テストあんじょう気張りよし、と明るく言われたところで頑張る気にはどうもなれない。

どさりとダークブルーのソファーに身を投げ、なつきは天井を見つめて溜め息を吐いた。そのまま顔を前に戻すと散らかった部屋を見るとも無しに見遣る。

ただ忙しいだけなのか。それともやっぱり何か怒らせたのか。傷つけたのか。眠ってしまったあの時に。あれから何となく‥‥

なつきはソファーから身を起こし、両肘を膝に突いて手を組んだ。その上に顎を預けて黙り込む。

認めたく無い。けれど‥‥避けられている様な気がする。

『‥ほんまに淋しかってん』

そう笑って呟いた静留を思い出す。どうしてあんな事を言わせてしまったのか。何がそんなに淋しかったのか。独りにしたということだろうか。

なつきは組んだ掌を額を押しつけた。自分の親指と人さし指の骨の感触が額にこつりと当たって少し痛い。素直な黒髪がさらりと滑り落ち、帳の様に視界に薄闇を作る。

繋いだ手が暖かかったから。
そこに静留がいるのが直に伝わって来て、安心したから。

一度目を閉じ、ゆっくりと開くと、自嘲するようになつきは微かに鼻で笑った。

近くに感じたくて、ここにいると伝えたくて伸ばした手を避けられた。
両手を背中に隠して、笑いながら自分を見つめていた赤み掛かった瞳。浮かんでいた深い色。
傷付けたい訳じゃ無いのに、やっぱり、きっと傷付けていた。

くそ‥っ

なつきは乱暴にソファーから立ち上がった。どうしたいというよりも、居ても立ってもいられなかった。ここにはいられない。

誰よりも大切なのに。側にいたいのに。傷付ける。
でもこんなのはもっと嫌だ。嫌われた方がまだいい。

いや、嫌われたのか。

一瞬どくんと心臓が鳴った。

「────」

ジャケットとヘルメットを手に玄関に向かいバイクのキーを掴むと、追い詰められたような眼差しで、なつきは部屋を後にした。



向かった先、静留のマンションの部屋の明かりは消えていた。
そう言えば、電話で出先からだと言っていた。
遅いといってもまだ午後10時半位のはず。いくらなんでも寝てはいないだろう。
部屋まで行ってノックをしたが、案の定留守だった。

全くこんな時間まで何をしてるんだあいつは。そもそも出先ってどこだ。

別に静留には、そこまでなつきに報告する義務などない。それは解っているのだが感情を押さえ切れない。
なつきは携帯電話で静留に連絡を取ろうとして、勢いで飛び出してきたために部屋に忘れてきた事に気がついた。財布すら持ってきていない。それどころか免許不携帯だ。

「‥‥はぁ」

自分の直情的な迂闊さに頭を抱えたくなりながら、静留の部屋の扉の前、上層階は風通しの為か吹き抜き作りになっている廊下の手すりに両腕を組んで凭れ掛かった。ジャケットの袖越しに、ゆっくりと沁み入るように手すりの冷気が伝わってくる。

ただどうしても嫌だった。静留を傷付けるのも、こんな風に距離を置かれるのも。

夜景を見下ろしながら、この光の中のどこかにいるのかと、何となくなつきは思う。

静留。おまえは、どこにいるんだ?



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