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「ん‥‥」

なんだか妙にすっきり目が醒めた。なつきは生成りのカーテン越しの光の中、時計に目を遣る。
まだ午前7時を回ったばかり。
昨夜は遅くまでゲームをしていた。今日は日曜。まだ眠っていていい。
ぼふ、と枕を抱き直す。うん、寝直していい。
静留が来るのは昼前なんだから、後1、2時間は‥

「‥‥‥」

なつきはベッドの上で暫くごろごろと過ごす。自分の体温で暖まったベッドは居心地がいい。

起きるか──

珍しい事に、いつまで経っても訪れない眠気に枕を手放して、柔らかな毛布から抜け出し、なつきはしなやかにベッドから身を起こす。寝不足のはずなのに、なんだか身体が軽い気がする。
カーテンを開ける。窓ガラス越しの光がなつきの目を刺した。僅かに目を眇めて空を見上げると、昨夜の雨が嘘のように晴れている。今日は天気が良さそうだった。
窓を開けて、雨に洗われた清しい朝の大気を思い切り胸に吸い込んだ。深まった秋。ひんやりとしていて気持ちが良い。

そうだ。

なつきは少し楽しそうな顔になって、てきぱきと着替えだした。



脱いだ衣類をまとめてある籠を抱え、なつきはリビングを見て少し途方に暮れかけたが、自分の思いつきの方を優先する事にした。せっかく気持ち良く目が醒めたのだ。
静留が来る前に部屋を片付けておく。今日は天気がよさそうだから、出かけるのもいい。外に出るのも気持ちがいいだろう。
それに、ちょっと悪戯をするみたいで楽しい。

‥‥自分の部屋を片付けるのが悪戯というのもな‥

なつきはちょっと眉をしかめつつ笑って、いつもなら全く気乗りのしない部屋の片付けに着手する。
まずは手にしている、溜めこんだ洗濯物。ジーンズに紺のトレーナーというラフな格好で洗濯籠を抱えたまま、なつきはリビングを見回す。昨日脱ぎっぱなしにしていた靴下をソファーの脇から拾い上げると抱えている籠に入れ、洗濯機へ運ぶ。全自動の洗濯機にぽいぽいと服を放り込み、洗濯機脇の棚の上から洗剤を取る。適当に量を計ってドラム脇の投入口に流し込む。
棚の上に戻した洗剤の横に置いてある、柔軟剤や漂白剤は面倒臭いので使わない。これはいつも静留が買ってくるのだ。

乾燥機も便利でええけど、お日ぃさんで乾かした方が気持ちええよ?

晴れている日は静留は乾燥機を使わない。干すのも取り込むのも面倒なので、なつきは思い出した静留の言葉を無視する事にして、乾燥までのコースを選んでボタンを押す。
なんだ、結構あっさり進むじゃないか、となつきはちょっと可笑しくなった。 閉じた蓋の中からばしゃばしゃと水音を立てる洗濯機を後にする。

ゴミ袋を探すのに少し手間取ったが、きちんと台所のゴミ箱の近くの引き出しに入っていた。それを引っぱり出して片っ端からインスタント食品のゴミを捨ててゆく。
なんだか片づけが苦にならない。静留は驚くだろうか。
鼻歌でも歌いたいような気分で、なつきは掃除を続けた。



「──綺麗にしてはるやない」

なつきの部屋を訪れた静留は、部屋に上がって開口一番、驚いた様子でそう言った。

「たまにはな」

静留は思った通りの反応をしてくれたのだが、なつきは何だか妙に照れくさかった。部屋の奥へとゆっくり周りを見回して歩きながら、静留は言った。

「うちはまた、電話で言うてはったゲームに夢中なんかと思てたんやけど‥」
「う‥まあ、その。昨日も夜中までやってた」

いきなり図星を刺される。今朝はたまたま目が醒めただけなのだ。
なんでバレるのか、となつきが気を取られていると、静留の声がした。

「きちんとしとるんやね」

なつきが静留の背中に目をやると、静留はなつきの方に身体を向けた。秋らしい落ち着いた枯葉色のスカートの裾が少し翻る。目が合うと、静留は俯くように視線を落とし、独り言のように呟く。

「うち、もう来んでええんかなぁ‥」
「えっ」

静留は顔を上げて小首を傾げ、少し微笑んでなつきを見ている。それがなんだか淋しそうに見えてなつきは焦った。妙に鼓動が早くなる。

「いや、そういう訳じゃない! 今日はたまたま早く目が醒めただけで──」
「なんやの、そない慌てて」

なつきの様子が可笑しかったのか、静留はくすりと笑う。

「いや‥別に‥」

なんだかほっとしたのにどきどきしている自分に、なつきは内心困った。
静留を驚かそうとしたのに、自分が動揺してどうする。

なつきの心中を知ってか知らずか、静留はなつきの顔を見ながら少し静かな口調で言った。

「たまたま言うても、やれば出来はるんやから。いっつもこうしとったら気持ち良う過ごせますえ?」

分かってはいる。だが、今日は部屋を片付けるのが目的ではなく、静留を驚かせるのが目的だった。だからいつもは気乗りがしない掃除なんかをする気になったのだ。
えらいすっきりしましたなあ、と呟きながら部屋をまた見渡していた静留の動きがふと止まる。

「なつき、ゲームしてたん違いますん? ゲームの器械まで直しはったん?」

静留はいつもは繋ぎっぱなしのゲームマシンが置いてあるテレビの横から視線を移し、不思議そうに振り向いた。静留の言葉に、なつきの表情が一瞬ぎくりと固まる。

「な、直してなどいない」

なつきは静留の言う”直す”意味など分かっていたが、思わず口をついて出てしまった。一瞬眉を上げた静留が、何を思ったのか小首を傾げて少し試すような目をなつきに向けちょっと笑む。

「か・た・づ・け・たん?」

見透かされているようで、なつきは静留の笑顔が少し恐い。自然目が泳ぐ。人間というのは追い詰められると見まいとするものを見てしまうようで、なつきの視線は壁際のクローゼットに一瞬向いた。静留はそれを見逃してはくれなかった。つかつかとクローゼットに向かって行く。

「静留、駄目だそこは!」

静留がクローゼットの扉を開けると、バランスが悪かったのか、派手な音を立てて中からバイク雑誌や漫画、袋に突っ込んだゲームソフト、ゲームマシン、コントローラー、クレーンゲームの景品のぬいぐるみ、その他、今朝リビングを占領していた、ごちゃごちゃしたものが溢れ出す。
はあ、と溜め息混じりに俯いた静留に、なつきも溜め息混じりに俯く。片付けようにも、どこをどうすればいいのか分からなかったので取り合えず突っ込んでおいたのだ。

「なあ、なつき」
「‥‥」
「見えんようにするんと直すんとは違いますえ?」
「‥う」

気まずくて上目遣いに静留を見ると、苦笑混じりでこちらを見ている。どこか優しい色。

「ほんまに今日はどないしたん? そらなつきが自分できちんとするんは構へんのやけど‥無理はせんでもええんよ?」

無理とまで言われてしまって、なつきは内心落ち込んだ。けれど実際やっている事を考えると言い返す言葉もない。やっぱり家事は向いていない。静留を驚かそうなどと考えた自分が馬鹿だった。
情けなさに不貞て、なつきはソファーにどっかり座り込む。
なつきの様子を見てか、はたまた見せしめなのか、クローゼット前の惨状は取り合えず置いておき、静留はお茶を煎れると言い出して、台所に向かう。

「ああ、ゴミは纏めたから‥」
「おおき‥‥」

消えた語尾が気になって、なつきが立ち上がって台所を覗くと、静留が膨らんだゴミ袋を前にして何か思案するように頬に手を当てて立っている。

「どうした?」
「なつき、分別せんと‥」
「‥あ‥」

半透明のゴミ袋の中は、カップ麺などの容器もペットボトルも割り箸も紙も一緒くたになっている。気に止めていなかった。

「‥こないなこと言いたないんやけど‥なつき、後なにしはりましたん?」

静留は心底困ったような顔で苦笑している。その笑いにむっとしながらなつきは言葉を返す。大切なコレクションは無碍に扱ったりはしない。それに全自動。失敗の余地などない。

「洗濯だ。下着はちゃんと別にしてある」
「そうどすか、ほな干さな」
「乾燥もしてある」
「ええお天気やのに‥せやったら畳みますな」

お茶よりも洗濯物の無事を確認するのを優先したのか、静留は洗濯機に向かう。かぱ、と蓋を開く音。

「‥‥ああ、これやな‥」

聞こえてきた静留の呟きが腑に落ちない。なつきも洗濯機の方へ足を向ける。
静留は左手になつきのジーンズを持っていた。まだ買ったばかりのインディゴ・ブルー。
困ったような何か堪えているような静留の声。

「色物は別にせなあきませんえ?」

慌ててなつきが静留の横に駆け寄って洗濯機を覗き込むと、色の濃いものはともかく、白かった衣服は一様に薄い青に染まっていた。なつきは放心したように洗濯物を一枚無造作に掴み出す。広げてみると、白かったシャツが少しムラになって、いつも冬服の下に来ているパーカーのような薄い水色になっている。しかも乾燥しているので色は定着していた。
堪え切れないかのような静留の忍び笑いが聞こえた。

「笑うなっ!」

顔を真っ赤にしてなつきは怒鳴る。はぁ、と静留は笑い止む。
無言で洗濯機にシャツを放り込み、なつきはその薄く染まった色を見つめた。

「‥せやね、うちかて失敗することありますし。わろたりして堪忍な」

なつきは答えなかった。静留が家事で失敗したところなど見た事がない。その静留にそう言われても説得力は微塵もなかった。

「それとなぁ、なつきの世話焼くんは、うちが好きでやっとるだけやさかい気ぃまわさんでええんよ?」

気を使った訳ではない。静留の労力を減らそうとしたのではなく、ただ単に驚かそうと思っただけ。

「‥おおきにな、なつき」

なのに礼まで言われて、なつきははっきり言って凹み切っていた。
と、横に居た静留の右手がなつきの左肩に後ろの方からそっと置かれた。それで初めて視線を遣ると静留は覗き込むようになつきを見つめている。どこか切な気にも見える、赤みがかった瞳と薄い笑み。

「そないな顔せんといて」

ね?と言うように静留は小首を傾げて優しく笑う。ちょっとどきりとして、なつきはまた少し赤くなる。余程情けない顔をしていたらしい。
笑った事は謝ってくれたし、考えてみれば静留は別に悪くない。全部自分が失敗したのだ。それを勝手に拗ねて心配させてどうする。
ふう、と小さく息を吐き、なつきは自分に呆れて少し笑った。肩に置かれた手が暖かい。

「すまない。やっぱり静留が居てくれないと駄目だな」

言葉の後半は素直に笑ってしまった。静留は少し驚いたような顔をして、それからふわりと和らいだように笑む。肩に置かれた温もりが離れ、なつきの背中へひょいと身を寄せた静留に、左頭に軽くキスされた。

うわ‥!

「ほな、掃除しますな」

一瞬固まったなつきの心などお構い無しに、そのまま静留はジーンズを畳みながらリビングへと向かって行く。キスされた場所に手を当ててなつきは静留の背中を見送った。

な、何度されても慣れないな、これは‥

くすぐったいようで焦がれるようで、なにか無性に気持ちが落ち着かない。
早くなった鼓動と残った感触に、なつきの落ち込んでいた気分などすっかりどこかへ消えていた。



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