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クリーニング屋のビニールが掛かった薄手の黒いジャケット。
それを部屋のクローゼットに仕舞おうとして、静留は手を止めた。
少し目を細めて、そのジャケットを見つめると小さく笑う。

やっぱりやめとこ

部屋の鴨居にそれを掛け直す。こうして見える所に出していても、返さなければと思いつつ、つい忘れてしまうのだ。
返したくないのかも知れない、と静留は少し幸せそうな溜め息をつく。
これは月見をした晩、なつきが貸してくれたものだ。

なつき、えらい照れてはったなぁ‥

静留は髪を梳かれた感触を思い出し、くすぐったいような気分になって思わず目を瞑った。
本音を言えば、なつきが髪を梳いてくれた時、ほんの少しだけ期待した。なつきが友愛のキスではないキスをしてくれることを。
本心を曝け出して口付けてしまったから。

ほんま欲張りやわ‥‥

静留はふと自分を嗤ってしまう。
愚かだと解っていた。なつきが求めているものは違うのだと。
それでも、自分を止めることはできなかった。

ふう、と小さく息をつきながら目を開けると、なつきのジャケットを眺めて静留は思う。

‥‥不思議やなぁ‥

普段は照れ屋なのに、静留が一番淋しい時に、どうしてなのかなつきは真直ぐで迷いがない。今考えても驚いてしまう。
隣に座ることすら上手く気持ちのままに動けない、そう言っていたのに。
なつきが、自分から髪を梳いて、キスをしてくれた。

「‥‥‥‥」

‥あかん、うち、顔赤うなっとる‥

静留は両手で頬を押さえた。やっぱり少し熱い。
そのまま両手の指先で口許を押さえ、静留は息をついて自分を落ち着かせる。

ほんま優しいんやから‥

静留は笑って、ビニール越しになつきのジャケットを指でついと撫でた。



「えーと、その、ちょっと待っていてくれ」

静留の髪にキスした後、照れくさいのか顔を真っ赤にしたなつきは、それでも一度静留に笑いかけてそう言った。そしてぱたぱたとその場を後にする。次いで灯された部屋の照明に目が焼けて、夢から醒めたような気分でやっと静留は自分を立て直した。まだ鼓動も速いし頬も熱い。座ることも思いつかず、なつきが側にいないことに一抹の淋しさを感じながら静留が待っていると、ジャケットを片手になつきが戻って来た。なつきは長袖の上着を着ている。

「これを着てくれ。私には少し大きいから、静留でも平気だろう」

ジャケットを差し出しながらなつきは言う。その言葉に静留は一気に気が抜けた。どうやら帰ると言った静留の言葉を忠実に守ってくれるらしい。もう少し側に居たいのに。そう思いながら静留は返事をする。

「せやけど、家まで10分もかからんし」
「いいから」

‥なつき、つれなさ過ぎるんと違いますん?

静留は内心苦笑しつつジャケットを受け取る。
借りたジャケットを羽織ってなつきの部屋を出、二人で駐輪場に向かう。なつきは無言だったが、居心地の悪い沈黙ではなかったので静留も黙っていた。
なつきに渡されたヘルメットを被る。なつきがバイクに跨がり、静留が横座りに腰掛ける。

「‥‥‥」

いつもなら、なつきが静留の手を掴んで自分の身体に腕を回させるので待っていたのだが、今日は何故かなつきはじっと背中を向けている。ちょっと上半身を傾けてなつきの左手を見ると、なにか鯱張るようにぎゅっとハンドルを握っている。

「なつき?」
「‥ん‥っ掴まれ」

妙にぶっきらぼうな、微妙に吃ったなつきの声。静留はその声の意味に気付いて小さく笑ってしまった。

いややわぁ、まだ照れてはるん?

何だかつれない態度のなつきを少しからかいたくなって、静留は盛大になつきの背中に抱きついた。びくっと小さくなつきの肩が跳ねる。

「わ、私は掴まれと言ったんだ!」
「せやから掴まっただけどす?」

静留はちょっと泣きそうなくらい暖かくて仕方がなかった。そんなに照れくさくなるのに、それでもキスしてくれた、なつきの気持ちが嬉しい。ヘルメットの中で真っ赤になっているだろうなつきの顔が見られないのが心底残念だった。
なつきが八つ当たりのようにドゥカティのエンジンに火を入れた。


スカートを穿いているため横座りになった静留を気遣ってか、今日はいつもよりゆっくりとなつきは走ってくれているようだった。静留はなつきの背中に身体を預けて、その温もりに安堵して少し惚けていた。かくん、と道の段差で少しだけバイクが跳ねる。その振動で静留は我に返った。気付くと何やら周りの風景がおかしい。静留の部屋へ向かう、いつもの道ではない。
なつきの方を向いて尋ねようとし、今は無理だと気がついて、静留は信号待ちで停車するのを待とうと少し視線を落とした。
なつきの腰に回した、黒いジャケットを着た自分の左腕。

‥もしかして、なつき、初めからそのつもりやったん?

バイクは緩やかに交差点を左折する。この先のバイパスからでは、静留の部屋へは随分と大回りになる。
なつきは言葉にしない。ぶっきらぼうで照れ屋で、けれどとても優しい。

‥おおきに。お月見の続き、一緒にしましょうな‥

静留はなつきの腰に回している腕に、堪らずそっと気持ちを込めた。
アスファルトに爆音を残して、夜の街をドゥカティが駆け抜けていった。



黒く沈んだ深い森に囲まれた静かな湖は、柔らかな月光に包まれている。
その畔で、月明かりに染まって静留は白い月を見上げて佇んでいた。
何かを思うように視線を落とした静留の動きが止まる。
鏡面のような湖に、僅かに揺らいで月が映っていた。
両腕で自分を抱き締めて佇んでいた静留は水際へ寄る。
水面に映った僅かに揺れる月に誘われるように、自分を抱いていた両腕を解き、そっと歩を踏み出す。
僅かなさざ波を立てて、ゆっくりと湖の中へと進んで行く。いつの間にか何も身に纏っていなかったが、無音の月光の中、ただ月の影を追う。



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