blank_logo  <舞-HiME イラスト>
 

かなり早いですが秋の風情で。
可愛い静留も好きですが、こういう表情の静留も好きです。
下のssは、ちょっとグロテスクな表現があります。ご注意。

2005.08.24. ssに加筆修正。1幕目だけだった話を完結させました。






guilty

赤い焔の疾風。
劫火の中の黒い影。助けを求めて這いつくばって逃げ惑う。
その影を、狙い済まして一刀の元になぎ倒す。
ごろりと左右に転がったひからびた身体から、不思議な程に血飛沫が吹く。
それを苦もなく躱し、右へ一閃薙刀を振るい、血のりを落とす。
咆哮に振り返ると、清姫が逃げた最後の1人に喰らいつこうとしていた。
「ええ子やね。殺したらあかんよ、まだ聞きたいことあるさかい」
蛇の性。きっちりと欲しい獲物を掴み取る。


清姫を駆って、一番地を蹂躙した記憶。
それが静留の眠りを妨げる。
微熱混じりの身体で、静留は普段と変わらず過ごす。
努めて、いつも通りであろうとする。

苦労して作った夕食だったが、結局一口も食べられなかった。
肉は見るだけでも辛い。調理も無論できない。魚も今はおろせないだろう。
自然、野菜ばかりの食卓になったが、やっとの思いで作り上げた頃には食欲が全く無くなっていた。
無理に一口味噌汁を飲み、そのまま吐き気を催してトイレに駆け込んでしまった。
しばらくして戻ってくると、静留はしばしテーブルの上の料理を見つめ、苦笑しながら用意した食事を片付ける。

だるい身体で、静留はベランダに出た。
静留の髪をさらって夜風が流れる。
疲れてぼんやりした思考と、少し火照っている身体には心地良かった。

(こない汚れた手ぇで、なつきに触れられへんな‥‥)

月明りの下、静留は自分の右手を見る。
手のひらまで、少し痩せていた。
人を殺めた容赦のない我が身を、酷く冷徹な目で眺める。
鮮血を受けて染まった幻が被る。
人では、ないのかも知れない。
全ては振り出しに戻ったが、自分が人を殺めたことに、ひとかけらの違いもない。
それなのに、静留はなつきのことの方が気に掛かっていた。

(こんなんで、成仏なんて、してもらえへんやろなぁ。)

どんなに身体が朽ちても。
静留の記憶の中に存在する死者に、気持ちを全て捧げられない。

(うちは、鬼、や)

どんなに身体が自分の行為を拒否し、罪を感じていても。
こんな状態の静留を見て、なつきが「自分のせいだ」となつき自身を責めてしまわないか、そちらの方がどうしようもなく気に掛かる。

(うちが望んでしたことや。なつきはなあんも悪いことあらしまへん。
 せやから、うちの身ぃで、堪忍しとくれやす)

誰にも責められることのない、ないことにされてしまった己が罪。
こればかりは自分で抱えてゆくしかない。
なつきの面影が過るが、静留が口にしたのは別の名前だった。
今はもういない、静留の罪を全て知る唯一の。

「──清姫。一緒にいこな」




学園施設の修理資金の調達──正確には出資者の吟味──で、理事長の風花真白は多忙を極め、あの戦いで疲れ果てていた身体はあっけなく倒れた。
静留は当然のように理事長代理として寄付を申し出る出資者の思惑を計り、やんわりといなしていた。

日も短くなったせいで、すっかり日の暮れた臨時の理事長室へ、今日の報告に静留が訪れる。
用意された書類は、真白が対応した企業の数を倍するものだった。
広いが簡素な部屋の中。数脚の椅子。花を活けたテーブルが、その無機質さを憩わせる。
ゆったり、そして淡々と、出資を依頼する企業について、その理由とリスクを簡潔に説明し続ける生徒会長を見て真白は思う。

(‥‥完璧、ですね)

彼女の手腕は知っている。報告を聞くまでもなかった。

「藤乃さん」

彼女は言葉を切り、真白を見つめ返す。視線は穏やかで、口元にはいつもの笑み。
本当に、完璧だった。僅かに痩せてしまっている面差しを除いては。

「後は書類通りに。お世話を掛けましたね」
「そうどすか。ほな、お休みにならはった方がええやろうし」

言いながら静留は手元の書類を纏め、真白の方へ向けてテーブルに起き直した。
二三の煎れた紅茶には手をつけず立ち上がる。

「──玖我さんとはお会いになっているのですか?」
「そうどすなぁ‥‥。うちもちょう忙しい身ぃどすから」

真白の不用意な一言は、静留の笑顔にばっさりと切り返された。
彼女を忙しくさせているのは真白自身。言い返せるはずもない。
自分はいつもこうだ、と内心、真白は唇を噛む。
相手の立場や望むものは見えるのに、上手く言葉をかけられない。

「藤乃さん」

あの件に関わっていた生徒がどう過ごしているかに、真白は心を砕いていた。
藤乃静留は最も以前と変わらない。不自然なほどに。
彼女は一番地を壊滅状態に陥れた。その記憶は消えていないはずだった。

「‥‥ほな、明日また、ご報告に来ますさかいに」

言葉を待って、それ以上何も言わない真白に静留は笑顔でそう告げた。そして、失礼します、と退席してゆく。
真白は去ってゆく後ろ姿を見送るしかなかった。




数日経って、学園の施設の修理資金調達にも目処がついた。
最後の報告を終えた後、静留は理事長室から女子寮へと帰路についていた。
最近には珍しく、まだ日のある時間。
なつきを避けたかった静留には、実は理事長代理の仕事は渡りに船だった。
あれから理事長は、静留については何も言わない。

(理事長さんも、食えんお人やしな‥‥)

ふ、と薄く笑みが漏れる。目眩がする。
あの日、理事長が言いたかったことは何となく想像がついた。

(‥‥記憶、消すことできはるんよね)

そのための施設も何も残ってはいないだろうが、多分似たような事を言ってくれようとしていたのだと静留は思う。それだけの技術が一番地──ひいては真白にはあり、そうやって数百年、媛星にまつわる一切を誤魔化してきたのだから。

(ほんま、都合のええ話どすなぁ)

媛星の件同様、すべてを無に帰す。
確かに、静留を責めさいなんでいる記憶を消せるのなら、そんなに楽な事はない。
だが、静留にその選択肢はない。
なつきが贈ってくれた心まで失うのであれば。
そこに選択の余地など有り得ない。
己が罪を知り、共にあってくれた清姫と共に、全てを抱えて生き抜くだけだ。

目眩が治まらない。地面が揺れる。汗をかいているのは分かっていた。
ふらつくのを堪えて、静留は木立に囲まれた道を、それでも傍目にはいつもと変わらないだろう様子で歩く。

「静留!」

幻聴かと思った。
ずっと避けていたのだ。
今日のルートもなつきの行動範囲ではないはず。

「やっと捉まえた。碧が言い出したんだが‥」

今の自分を見せる訳にはいかない。
だが想いは止まらず言葉に溢れた。その最愛の名。

「なつき」

呼び掛けてしまって、改めて気がついた。
自分がどれだけなつきに会いたかったのか。
緊張が緩み、自然とほっこりした優しい笑顔が浮かぶ。

「‥‥静留?」
「‥‥うちに、なにか用どすか?」

なつきは怪訝そうに片眉を上げ、少し首を傾げる。

「おまえ、顔が赤いぞ?」
「そうどすか? なつきに会えて嬉しいからやろか」

逆に少し赤くなってしまったなつきが、怒ったように目を反らす。

「ふざけるな。本当に赤いぞ?」

そう言って、なつきは再び静留を見つめ気づかうように右手を静留の額に伸ばした。
反射的に静留は顔を背けて身体を反らし、その手を避ける。急な動きに少しくらりとして静留の右足が一歩下がった。
なつきは静留を呆然と見つめる。

「触らんといて」
「な‥‥。いつもならお前の方こ‥」
「なんでもないんよ。平気やから」

なつきに会って気が弛んでしまったせいか、静留は身体を保っているのが酷く辛かった。この事態こそ避けたかったというのに。

「なんでもないことがあるか! 汗もかいているじゃないか!」

静留は頑なまでになつきの方を向かない。なつきは静留の正面に回り込んで両腕を掴んだ。
静留はそれでも薄く微笑んだまま、我が侭な子供をたしなめるような、少し困った目でなつきを見ている。

「離してくれへん?」
「静留!」
「触らんといて、言うたやないの?」

(‥‥あかん‥‥今倒れたらあかん‥‥)

静留は内心、祈るように呟き続け、必死になって自分を保とうとする。限界だった。
なつきを何とか納得させて部屋に帰らなければ。

「なつき、お願いやから離してくれへん?」
「駄目だ。保健室に行くぞ」

なつきは左手だけ静留の腕から離すと、強引に静留の左腕を掴んだまま歩き出そうとする。
引っ張られて一歩踏み出すと、静留は落ちそうな膝でなんとか踏み止まる。
保健室などで寝ていては、うなされて飛び起きる自分の姿をなつきに曝しかねない。

「部屋に帰って休みます。せやから離して」
「部屋まで送る」

なつきの態度から、そのままなつきが看病してくれる気なのが見て取れた。それでは意味がない。なつきの側で眠ったのでは駄目なのだ。じんわりと冷や汗が止まらない。

「なつき、うち、怒りますえ?」

なつきは振り返ると、挑むような表情で真直ぐに静留の目を見る。

「怒ればいいだろう?」

す、と静留の目が細まる。穏やかだった静留の表情が一転して険しいまでの美貌に変わる。余裕など全く無くなっていた。
静留の視線に、なつきは動じない。

「心配するのは私の勝手だ。好きにさせてもらう」

そう宣言し、なつきは掴んだ静留の左腕をなおも引っ張る。2、3歩進んだ所で静留の膝が落ちた。
バランスを崩した静留に右腕を引かれて驚いたなつきは、しゃがみ込みながら咄嗟に抱きとめる。

「っ! 静留? 静留!」

(‥倒れたら‥あかん‥のに──)

すっと落ちて行くように、静留の意識は闇に呑まれた。




赤い夢を見る。
焔の夢。血の夢。鬼の夢。揺れて落ちる。
共にあるのは藤色の蛇。

──清姫

それでも生きていたいのは。
この香りの側にいたいから。

忘れへんよ。無かった事なんかにせえへん。
なんでそない哀しそうなん? うち、忘れたくないんよ。
堪忍なぁ。仰山無理させて。
清姫かて、しんどかったやろ?

赤い視界に蹲る六つの頭を持つ大蛇は、ねだるように静留に向かって頭のひとつを垂れた。
静留が愛おしむようにそっと手を置くと身を震わせる。
そして、なにか意を決したように頭を上げると飛翔した。

清姫?

すう、と闇に包まれ、愛しい香りだけが残る。
闇は揺れている。そして温かい。

(──?)

良い香りがする。身体が揺れている。
ふと目を開けると素直な黒髪が顔のすぐ横にあった。

「!」

静留はなつきに背負われていた。木立の並ぶ周囲から見て、どうやら校舎──保健室に向かっているようだ。
傾いた陽射しの中、一歩一歩なつきの背に揺られながら、静留はこのままでいたい衝動に駆られる。
だが、僅かとはいえなつきよりも身長のある自分を背負わせているのはいかにも可哀想だ。
静留は弛緩していた身体に力を戻す。それで幾分軽くなったのだろう、なつきが少し首を後ろに向けた。

「‥‥気がついたか?」
「おおきに。もう平気どす」

そうか、と言ったまま、なつきは歩き続ける。静留を降ろす気は無いようだった。
沈黙の中、もくもくとなつきは保健室に向かってゆく。
居たたまれなくなった静留が、とうとう口を開いた。

「なつき、うちほんまにもう平気どすえ?」
「おまえ、やっぱり熱があるじゃないか。それに、少し痩せたか?」
「‥‥うち、ちょう恥ずかしいんどすけど‥‥」

わかった、と言ってなつきはゆっくりと屈んで静留を降ろす。手にしていた静留の鞄はそのまま持っていた。
静留はなんとか自分で立ったが、少しふらついた。まだ身体はだるかった。

「あまり驚かせるな」

なつきは静留の顔を見ずに、静留の右腕を取ると自分の肩に回させる。そして鞄を左手から右手に持ち変えると、左手で静留の腰を抱いて支えた。
静留は抵抗するのを諦めて、なつきに素直に従った。目の前で倒れてしまってはどうにもならない。
静留は目を合わそうとしないなつきに気がついて、ふと右を見る。息の触れそうな間近になつきの横顔がある。目の縁が少し赤い気がした。

「なつき、泣かはったん?」
「誰が!」

噛み付くような照れ隠し。

「目の端、ちょう赤うなってますえ?」
「──ちょっと驚いただけだっ」
「‥‥そら、驚きますわなぁ」

目の前でいきなり倒れられては驚きもするだろう。最悪の事態を招いてしまったというのに、静留はなんだか笑ってしまった。

「堪忍な、なつき」

依然、身体は辛かったが、なつきが側にいるだけで静留の心は穏やかだった。




結局、保健室で解熱剤を出してもらい、なつきに送られて静留は寮へ戻った。
静留は原因を聞かれて、やんわりと寝不足ぎみかも知れないと答えた。
鷺沢は安定剤と睡眠導入剤も処方しようとしたが、静留はそれを断った。薬はあまり好きではない。
それに、大丈夫な気がしていた。

無意識のうちに、罪を認め、罰されて、誰かに許してもらいたかった。
おそらくは、なつきに。
だが、所詮それは無理なことなのだ。
何より静留には、一番許してもらいたい人に罪を告げる気が無い。
だから、罪は罪のまま、罰も許しも与えられない。
清姫だけが知っている全ての罪。
しばらくは夢にうなされるかも知れない。
だが。

なつき悲しませるくらいやったら、鬼のままでも構わへん。
許してもらえんでもええ。

静留はひとつ深呼吸をする。
ふと細められた瞳は冷徹で。それでもどこか優しい。
口元には、いっそさっぱりしたような笑み。

堪忍な。
なにがあっても、うちはなつきの側に居りたいさかい。

静留はなつきの背で見た夢の中の清姫を思い出す。
何かを決めたように空に舞った藤色の大蛇。

──おおきに、清姫。一緒にいこな。



(了)

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